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五十七 消えんの、ナシな
「ん……」
寝返りと同時に目を覚まして、岩崎は暗い室内に瞳を瞬かせた。カーテンが開いたままの窓の外は、藍色をしている。岩崎は自分の部屋ではなく鮎川の部屋だと気づいて、上体を起こした。
「……鮎川?」
部屋の中は人気がなく、体温も感じない。随分永い時間、部屋の主が不在なのだと気づいた。
「鮎川」
もう一度名前を呼ぶが、返ってくるはずがない。一人、部屋に取り残されていると気がついて、無性に不安になった。
ベッドから抜け出し、廊下にでる。いつもなら誰かの声がする寮内は、この日に限って静かだった。
「鮎川っ」
鮎川を探して、叫びながら廊下を歩く。階下へと降り、ラウンジまで出たところで、テラス席の方から話し声が聞こえてきた。
岩崎はテラスの方へ続く道を駆け抜け、その背中に飛び付いた。
「鮎川っ!」
「うわあっ!」
背中に激突され、鮎川が驚いて悲鳴を上げる。岩崎は構わず背中からぎゅっと抱き締めた。
「い、岩崎?」
「おや。寂しくて探しに来たのかな?」
藤宮の声に、岩崎は視線を上げた。藤宮は薄く微笑んで見せる。
「おいっ、危ないだろ」
「何で、居ないんだよ」
「ちょっと飲みたかったんだよっ」
しがみついて離れない岩崎に、鮎川はしばらく引き剥がそうとしたが、やがて諦めて溜め息を吐いた。
「じゃ、俺は先に戻ろうかな」
「あ、おい。進」
藤宮は鮎川の手から殆ど中身のないビール缶を受け取ると、テラスから出ていってしまった。岩崎は腕を緩め、顔を上げる。
「行っちゃった。俺のせい?」
「いや、飲み終わったんだろ」
ポンと頭を叩く鮎川に、岩崎は目を細めた。手は離したが、シャツの裾を握ったままの岩崎に、鮎川は眉を上げる。
「何だよ。怖い夢を見たわけでもないだろうに」
子供じゃないんだから。案にそう言われ、岩崎は唇を尖らせた。
「……見たし、怖い夢」
「なに、お化けとか怖い方?」
それならお化け屋敷に入れば良かったと、鮎川がからかう。
「んなもん、怖くねーし」
「はぁ? じゃあ、何が怖いんだよ」
「……」
岩崎はぎゅっと手を握って、鮎川を見た。
「アンタが、居なくなること」
笑っていたのをやめて、鮎川が岩崎を見た。
「チームが失くなったときの夢……」
「――お前」
手が、岩崎のピンク色の髪をかきあげた。岩崎は泣いていなかったが、泣きそうだと思った。
「お前、『|死者の行列《ワイルドハント》』が失くなったの、どうやって知ったの?」
岩崎が知ったとき、チームは既に失くなっていた。鮎川とは、別れの挨拶もしなかった。
「たまたま、ゆっちに会って……理由は解らないけど、失くなったって聞いた」
「……そうか」
ある日突然、冗談だったみたいに消えてしまった。『|死者の行列《ワイルドハント》』なんて名前の通り、夜明けと共に消え去ってしまったのかも知れない。
あの頃、痕跡を探して、待っていればいつか逢えるかも知れないと思って、コンビニに通った。結果は、コンビニで再会した鮎川の女の一人であるゆっちからの、『解散したよ』という事実だけ。
「……」
鮎川が岩崎の頬に触れた。
「もう、居なくなんねーよ」
「ん。何も言わずに消えんの、ナシな」
頭を擦りつけてそういう岩崎に、鮎川は岩崎の髪を撫でた。
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