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待ち伏せ

結局、その質問はうやむやにされたまま(きっとそう思っているのは僕だけだろうけど)僕と高木さんはバイトに入った。 * 「お疲れ様でした」 21時になり、バイトが終わった。このバイトを始めたのは高校生になってからで、それまではずっと新聞配達をやっていた。けどもう中学生じゃないから、他にも色んなバイトを選べる。そう気付いた僕はさっさと夕方からできる仕事に変えた。  早起きはそんなに得意じゃないし、夜できるバイトに変えてよかったな、と心から思う。 「遊くんお疲れ、ちょっとお茶でも付き合わない?」 「高木さん」 従業員出入り口を出たところで、高木さんが僕を待ち伏せしていた。着替えるの早くないか?この人。ああ、僕がいつも片づけとか最後までやってるからか……。 「すみません、家の者が心配するので」 「そんなこと言ってさー、俺の誘い断るの何度め?別に先輩に無理矢理誘われたとかで言い訳通るじゃん!もう高校生でしょ?大体こんな時間までバイト許してるわけだし、そんなに厳しい家じゃないでしょ」 「そうですけど……」 全部その通りなので、上手に反論できない。僕が高木さんの誘いを断る理由はただひとつ、嫌だからだ。 「女の子ならわかるけど、遊くん男じゃん。コーヒーくらいおごったげるから!そんでさっきの話の続きしよ?ね?なんか納得してないみたいだったし」 「あ、その話はもういいんです」 「あーもうホラ、こんなとこじゃ通行人の邪魔だから移動しよ!ね!」 「わっ!?」 無理矢理腕を捕まれて、死角っぽいところに連れ込まれた。暗がりになっていて、従業員もほとんど通らないような場所だ。なんでこんなところに? 「遊くん俺ね、ずっと君のこといいなって思ってたんだ!素直で従順で、よく見たら女の子みたいに可愛い顔してるよね、お目目がクリクリしててさ。もう、いつもたまんないって感じで見てたんだ……」 高木さんはハァハァと荒く息をしながら、僕をじりじりと壁際に追い詰めてくる。 「え……?」 な、なに?たまんない?なにがたまんないの ?僕が?なんで?疑問しか浮かばないけど、高木さんはそんな僕にはお構い無しで話を強引に進めていく。 「ねぇ遊くん、セックスしたの?女の子としちゃったの?でもセフレ認定されて悩んでるんでしょ?遊くんみたいな純粋な子をたぶらかすなんて嫌な女だね、そんな子こっちから振っちゃいなよ」 「は……?」 女の子とセックスした?僕が? 「ねぇ俺と付き合おうよ遊くん。俺、女の子恐くて苦手なんだよね、ずっと遊くんも仲間だと思ってたんだけどなぁ。俺、セックスしたことないけどきっと遊くんを満足させてみせるよ、女の子とするよりずーっと気持ち良くしてあげるから俺に抱かれて?遊くん!」 僕を、抱く? 高木さんが? 「ありえない……」 つい、ポロリと言葉が口を突いて出た。 「ありえないって何が?あ、遊くん知らないんでしょ、男同士でもセックスってできるんだよ。今から俺が君に教えてあげるね、俺も初めてだからうまくないかもしれないけど、何回もヤれば慣れてくるから」 そう言って、僕をついに壁に追い詰めた高木さんはキスしようと顔を近づけてきた。僕はとっさに首を横に向けて拒否した。けど、ハァハァと臭い息が直接顔にかかって気持ち悪い。せっかく写楽が顔にたくさんキスをしてくれたのに、台無しになるみたいで腹が立つ。 「恐がってるの?大丈夫、こんなところじゃヤらないよ、近くのラブホに移動しようか」 「やめてください」 「え?」 僕は、渾身の力を込めて思いきり高木さんを突き飛ばした。 「イテッ!」 相手が地面に倒れるくらい精一杯の力で押したつもり、だった。でも、恐ろしく巨漢の高木さんは、二、三歩後ろによろめいただけだった。 「何するの?俺の話聞いてたよねぇ?遊くん」 さっきの一瞬で逃げればよかったのに、高木さんがバイトリーダーだからとか、年上だからちゃんと話せばわかってもらえるとか、自分の都合のいいようにいろんな事が頭の中を巡っていて、その結果……僕の足は動かなかった。 「ちょっと優しくすりゃ舐めやがって!!生意気にも俺を拒否してんじゃねぇぞ遊ゥ!!」 「ぅあっ!」 高木さんは僕を突き飛ばすように壁に押し付け、唾がかかる勢いで怒鳴り散らした。その反動で、後頭部を思いきり壁にぶつけてしまった。  衝撃で、一瞬視界が二重に歪む。その場に崩れ落ちそうになったけど、高木さんに襟元を掴まれて倒れることもできないでいる。 できれば倒れたくもないけど、このままだと首が締まって、苦しい……。 「気が変わった!!どうせこんなとこ誰も来ねぇし、ここで犯してやるよ!!初めてだからって優しくなんてしてやんねぇからな!!俺の好きなようにヤッてやる!!」 「……っ」 ちゃんと話せばわかってもらえるなんて、考えが甘過ぎた。話す余裕なんて全然ないし、僕の話を聞いてもらうのも無理っぽい。その前に、とても話し合えるような状況じゃない。  満足に息が吸えなくて、苦しくて、ついに涙が溢れてきた。その涙はただの生理的なものだけど、涙を流す僕を見て高木さんは少し気分を良くしたらしい。 「ようやくおとなしくなったな。最初からそうやっておとなしく言うこと聞いてりゃ優しくしてやったんだよ……」 襟から手を放されて、僕はズルズルとその場に崩れ落ちた。 「ゲホッ……ゲホゲホッ……!」 「はぁ、泣き顔たまんねぇ……しかも処女だし、やっと俺も童貞卒業できるぜ。ひ、ひひひ……!」 期待を裏切って申し訳ないけど、僕は処女じゃない。けど、だからと言って好きでもなんでもない高木さんに抱かれるなんて、そんなの、 「嫌だ、写楽……」 彼以外の人に触れられたくない……。 『お前は俺のもんな。心も、カラダもだ。他の奴には絶対触らせたりすんじゃねぇぞ』 彼に、嫌われてしまう。

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