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怒るご主人様
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暫く経って、俺の腕の中で遊は静かに寝息を立て始めた。俺が先に寝るわけねぇだろ、ばーか。ったく、心配かけやがって。
さらさらの黒髪をつまんでは落とし、ぷにぷにの頬の感触を楽しみながら、俺は柄でもなく物想いに耽った。
昨日、遊にひどいことを言ってしまった。俺のほうから色々エロいことを強要したくせに、まるでこいつがビッチみたいな言い方をして……真偽のほどはわからないけど、傷付けたことだけは確かだった。
今日の昼休み、こいつは何もなかったみたいにニコニコ笑ってたけど、本当は笑いたくなかったんじゃないかとか、気まずかったんじゃないか、とか想像して……でも、実のところは言った俺が一番気にしていた。
強要した行為のことを謝るつもりはないけど(こいつもノリノリだったし)、ああいうことを言ってしまったことだけは謝ろうと思った。
放課後、俺はこいつがバイトしてるスーパーの終了時間をわざわざ調べて、その時間が来るまでゲーセンやファミレスで時間を潰していた。
この俺が人に謝るために待ちぼうけとか、いや待ち伏せとか、カッコ悪すぎる……けど仕方がない、自分で決めたことだ。
スーパーが閉まる頃に、裏口――従業員の出入り口近くの道路にスタンバイする。けど、いつまで経っても遊は出てこない。他の従業員やバイトはどんどん出てくるのに。
時間を間違えた……なんてことはない。あまりにも遅いので、俺はこっそりと裏の方へ行ってみた。そしたら男の怒鳴る声が聞こえた。
『ふ…ふざけんな!!処女じゃねぇーのかよ、男の癖に、このクソビッチの腐れマンコがぁ!!』
うっわ、めんどくせぇ修羅場ってら。女に怒鳴るとかちっせぇ男だな、ビッチとかとっとと捨てろよ………ん?『男』?
俺はその声がした方を覗いた。するとそこには、デブで気持ち悪いおっさんに襟元を掴まれて、頭から血を流して意識が今にも飛びそうに青い顔をした遊がいた。
え、なんで遊が修羅場の当人に?このデブ男がまさかの恋人?は?いやいや、そりゃねぇだろこいつは相当面食いなはずで……
俺のことが、好きなんだ。
一瞬、身体が硬直して色んなことが頭を巡ったが、デブ男がまた遊を殴りかかりそうだったので、俺は慌てて走ってそのままの勢いでデブ男の頭をぶん殴った。男は一撃で気を失った。
俺は慌てて倒れてる遊を抱きあげる。後頭部を触るとぬるっとした感触があり、手のひらに血がべっとりと付着した。家に連れて帰って橋本先生に見せてもよかったが、当たり前だが検査機器の類はうちにはない。頭の怪我だから、絶対きちんと調べた方がいい、と判断した俺は、近くの病院に連れて行くことにした。
『しゃ…らく…?』
遊は、気を失ってはいないようだった。目を開けてないのによく俺だって分かったな。
『喋るな、今から病院へ連れってやるから』
突然、転がっている男がうめき声をあげた。後ろを見ると身体を起こしかけていて、もう気がついたようだった。
『うぅっ……なんだよぉ、お前っ!そいつは俺以外の奴に抱かれたクソビッチなのに、助けてんじゃねぇよぉ!』
『はぁ?』
思わず反応してしまった。
『シャラクって男、誰なんだよぉ……クソッ!クソッ!』
『写楽は俺だ。つうかまだ抱いてねぇし』
ん?『まだ』って……俺は遊を抱くつもりなのかよ?
自分の言葉に、自分自身が一番びっくりした。
つーかこんな奴と話してる場合じゃねぇ、早く遊を病院に連れていかねぇと。
『そいつおいてけよぉ……そいつは俺のなんだからなぁ!バイトリーダーに逆らうなんて許さねぇぞ!!』
『はぁ?』
勝手なことを抜かす男に対して、頭ん中で血管が一本切れた音がした。再び近付いて、今度は腹に蹴りをお見舞いしてやったら、男はゲボッと嘔吐してうずくまった。
『……てめぇのじゃねぇよ。こいつは俺のモンだ!』
男はピクリとも動かない……もう、聞こえてねぇか。
『……ちょっとだけ待ってろよ、遊』
俺は腕の中の遊に囁くと、そっと壁沿いに寝かせた。そして男のズボンを下着ごと脱がせ、表の道路まで転がるように思いきり蹴った。捕まれ、この変態が!
そして再び遊を抱き抱えると、俺は近所の総合病院に飛び込んだのだった。
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