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怒るご主人様

*** 暫く経って、俺の腕の中で遊は静かに寝息を立て始めた。俺が先に寝るわけねぇだろ、ばーか。ったく、心配かけやがって。 さらさらの黒髪をつまんでは落とし、ぷにぷにの頬の感触を楽しみながら、俺は柄でもなく物想いに耽った。 昨日、遊にひどいことを言ってしまった。俺のほうから色々エロいことを強要したくせに、まるでこいつがビッチみたいな言い方をして……真偽のほどはわからないけど、傷付けたことだけは確かだった。 今日の昼休み、こいつは何もなかったみたいにニコニコ笑ってたけど、本当は笑いたくなかったんじゃないかとか、気まずかったんじゃないか、とか想像して……でも、実のところは言った俺が一番気にしていた。 強要した行為のことを謝るつもりはないけど(こいつもノリノリだったし)、ああいうことを言ってしまったことだけは謝ろうと思った。 放課後、俺はこいつがバイトしてるスーパーの終了時間をわざわざ調べて、その時間が来るまでゲーセンやファミレスで時間を潰していた。  この俺が人に謝るために待ちぼうけとか、いや待ち伏せとか、カッコ悪すぎる……けど仕方がない、自分で決めたことだ。 スーパーが閉まる頃に、裏口――従業員の出入り口近くの道路にスタンバイする。けど、いつまで経っても遊は出てこない。他の従業員やバイトはどんどん出てくるのに。 時間を間違えた……なんてことはない。あまりにも遅いので、俺はこっそりと裏の方へ行ってみた。そしたら男の怒鳴る声が聞こえた。 『ふ…ふざけんな!!処女じゃねぇーのかよ、男の癖に、このクソビッチの腐れマンコがぁ!!』 うっわ、めんどくせぇ修羅場ってら。女に怒鳴るとかちっせぇ男だな、ビッチとかとっとと捨てろよ………ん?『男』? 俺はその声がした方を覗いた。するとそこには、デブで気持ち悪いおっさんに襟元を掴まれて、頭から血を流して意識が今にも飛びそうに青い顔をした遊がいた。 え、なんで遊が修羅場の当人に?このデブ男がまさかの恋人?は?いやいや、そりゃねぇだろこいつは相当面食いなはずで…… 俺のことが、好きなんだ。 一瞬、身体が硬直して色んなことが頭を巡ったが、デブ男がまた遊を殴りかかりそうだったので、俺は慌てて走ってそのままの勢いでデブ男の頭をぶん殴った。男は一撃で気を失った。 俺は慌てて倒れてる遊を抱きあげる。後頭部を触るとぬるっとした感触があり、手のひらに血がべっとりと付着した。家に連れて帰って橋本先生に見せてもよかったが、当たり前だが検査機器の類はうちにはない。頭の怪我だから、絶対きちんと調べた方がいい、と判断した俺は、近くの病院に連れて行くことにした。 『しゃ…らく…?』 遊は、気を失ってはいないようだった。目を開けてないのによく俺だって分かったな。 『喋るな、今から病院へ連れってやるから』 突然、転がっている男がうめき声をあげた。後ろを見ると身体を起こしかけていて、もう気がついたようだった。 『うぅっ……なんだよぉ、お前っ!そいつは俺以外の奴に抱かれたクソビッチなのに、助けてんじゃねぇよぉ!』 『はぁ?』 思わず反応してしまった。 『シャラクって男、誰なんだよぉ……クソッ!クソッ!』 『写楽は俺だ。つうかまだ抱いてねぇし』 ん?『まだ』って……俺は遊を抱くつもりなのかよ? 自分の言葉に、自分自身が一番びっくりした。  つーかこんな奴と話してる場合じゃねぇ、早く遊を病院に連れていかねぇと。 『そいつおいてけよぉ……そいつは俺のなんだからなぁ!バイトリーダーに逆らうなんて許さねぇぞ!!』 『はぁ?』 勝手なことを抜かす男に対して、頭ん中で血管が一本切れた音がした。再び近付いて、今度は腹に蹴りをお見舞いしてやったら、男はゲボッと嘔吐してうずくまった。 『……てめぇのじゃねぇよ。こいつは俺のモンだ!』 男はピクリとも動かない……もう、聞こえてねぇか。 『……ちょっとだけ待ってろよ、遊』 俺は腕の中の遊に囁くと、そっと壁沿いに寝かせた。そして男のズボンを下着ごと脱がせ、表の道路まで転がるように思いきり蹴った。捕まれ、この変態が! そして再び遊を抱き抱えると、俺は近所の総合病院に飛び込んだのだった。

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