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梅月先生のお願い
並んでソファーベンチに腰かけると、梅月先生が話し始めた。
「遊にあなたみたいなシッカリしたお友達がいたなんて、全然知らなかったわ。施設のことも知ってたみたいだし、遊のことはどこまで聞いてるの?」
しっかりしたお友達、ね……俺が不良だってことはなんとなく気付いているんだろうけど。というか責められるかと思った、俺がケンカに巻き込んだって体 で。
詳しいことは何も話してねぇけど……。
「別に、施設育ちだってことだけしか聞いてないっす。ダチ……になったのも、つい最近だし」
「ふふ、昨日の朝張り切って大きなお弁当作ってたから何事かと思ったけど、貴方の分だったのね。子供たちが食べる!食べる!って騒いで大変だったのよ」
「あー……スイマセン、材料費払います」
「そんなこと気にしなくていいの!最近遊がすごく楽しそうっていうか、嬉しそうだから、私はそれだけで嬉しいのよ。きっと貴方のおかげだわ。ありがとうね、犬神くん」
「いえ……」
お礼なんて言われていいんだろうか。大体、ダチじゃねぇし……
告白されたから気まぐれでペットにして、食欲と性欲の処理をしてもらっただけだ。言葉にするととんでもないな。
「アナタの言うコトなら、遊も素直に聞くのかしら……」
「え?」
心の中を見透かされた気がして焦ったけど、梅月先生は気にせずに続けた。
「遊はね、赤ちゃんの頃に駅のコインロッカーの中に棄てられていたの」
「は?」
なんかいきなりヘビーな話されてるんだけど、俺が聞いていいことなのか?
「駅員さんに発見されて、当時は新聞沙汰にもなったんだけど、とうとう親は見つからなかったわ。そして最終的に私の園に引き取った。何度か里親にも引き取られたんだけど、その度にちょっとした問題が発生して……結局、高校生になっても私の手元にいるわ」
ちょっとした問題?……問題って何だ?
「私はもう、遊のことを息子のように思ってるわ。17年も成長を見てきたんだから、当然よね。あの子も私のことを保護者として慕ってくれているけど、……私は、正式にあの子の里親になりたいの」
そっちは特に問題ねぇと思うけど、さっきの里親問題が気になって仕方がなかった。
「里親になって、あの子を大学まで行かせてあげたいの。あの子は勉強が嫌いだから大学へは行きたくないって言ってるけど、今時大学くらい出ておかなきゃ就職で話にならないでしょう?女の子ならまだしも、遊は男の子だし。当然、貴方も大学行くんでしょう?」
「……そうッスね」
行く気はねぇが、とりあえず話の流れ上素直に返事しておいた。ここで余計なことを言って、矛先が俺に向いたら嫌だしな。
ま、綺麗で金だけはかかるFラン大学なら行ってもいいけどな、親父への当てつけで。中学までは本気で東大目指してたけど、今思えばウケるよな、俺。
「でもね、遊はその話を受けてくれないのよ。どうしても」
「え?」
「そんな大金があるなら、今施設にいる小さい子たちのために使ってやってくれって。自分のことは自分でなんとかするからって……。優しい子に育ってくれたのは嬉しいけど、少しは自分のことも考えて欲しいっていうか、ね。遊はお弁当だって自分で作るし、家事も手伝ってくれるし、小さい子の面倒も見てくれるし、本当に優しい子なんだけど……甘えることを知らないの」
「……」
そうか?俺には結構甘えてるように見えたけどな。
「だからさっきはびっくりしたわ。遊が、あんな行動を取るなんて」
さっきのって……裾を握られて、引き留められたことか?
「ああ……なんつーか、その……」
梅月先生は照れて言葉を濁した俺を見て、うふふと笑った。笑い方が遊とそっくりだと思った。
「遊は、貴方のことが大好きなのね」
「……」
そうですね、とはさすがに言えない。
「ねぇ、貴方からも頼んでくれないかしら。遊に私の養子になって大学に行けって……貴方の言うコトなら聞き入れてくれそうだから。ね、お願い」
大学に行ったからっていい会社に就職できる時代でもないし、幸せになれる保証もない。でもそんなことは全て分かった上で俺に頼んでいるんだろう、この人は。
俺はふう、と軽く息を吐いた。なるべく溜め息には聞こえないように。
「……多分あいつは、俺が言ったって聞きませんよ」
「あら、どうして?」
「だってアイツ、すげーガンコでしょ?」
まだ出逢って日も浅いし、ロクに深い話もしたことない。けど、何故か確信を持って言えた。俺みたいな不良に、まっすぐ目を逸らさないで告白してきた遊だから。
「……」
「そんなの、センセーが一番分かってんだろ?俺がどんだけ言っても、アイツの考えは変わらねぇんじゃないかな」
あ、やべぇ敬語忘れた。梅月先生は少し複雑そうな顔で俺を見つめたあと、足元に目線をずらしてため息をついた。
「そう……ね。それにこんなこと、お友達に頼むことじゃなかったわね」
「大学の話はナシにして、ただ養子になるって話なら受けると思うんスけど」
慰めるために言ったけど、梅月先生の顔は晴れなかった。
「……犬神くん、ずっとあの子と友達でいてくれるかしら」
梅月先生は、笑っているような泣いているような、どっちともつかない顔で突然俺にそう言った。
「え?」
「遊は条件なしでは私の養子にはならない。……あの子は、一人になりたがっているの……」
ひとり?
「次に手元から放したら、もう二度と帰ってこないような気がするのよ……」
そう言った梅月先生の目には涙が浮かんでいて、一体遊の何が優しいこの先生にそう思わせるのか、里親先で何の問題があったのか、俺は気になって仕方なくて胸がざわついた。
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