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勉強とバイト

昼休みになるまで暇だった。  授業は適当に聞いてたり聞いてなかったりする。俺は教科書やノ―トの類は何ひとつ学校に持ってきていない、持ってるのは財布とスマホだけだ。 けど、そんな俺を注意する教師はいない。理由は俺がテストで毎回優秀な成績を収めるからだ。不良のくせに嘘だろって思われるだろうが、俺はこれでも中学まではクソ真面目に――病的なまでに――勉強していた秀才なのだ。高校の授業内容などとうに履修し終わっている。 『国内で東大にも入れないようなお粗末な頭の持ち主に、犬神家を継がせるわけにはいかないわねぇ』 一生分の勉強は中学でし終わったから、俺はもう勉強はしないと決めている。高校のテストを真面目に受けているのは教師の煩い小言を避けるためとただの暇潰しだ。 「あの、写楽さん」 「あ?」 「昼休み……ですけど」 目の前にはクソモヒカンがいた。こいつのアップなんか頼まれても見たくねぇんだけど。 「チッ、……遊は?」 「(舌打ち!?)来てますよ、ほら」 クソモヒカンが右にずれると、遊の姿が現れた。俺の顔を見ると嬉しそうに笑った。 「なぁ遊ちゃんその頭の怪我どうしたんだよ!?誰にやられたんだ?俺らが仕返ししに行ってやんよー!」 「もう写楽に仕返ししてもらったから大丈夫だよ!」 「あ、そうなの……」  クソモヒカンが残念そうに引き下がる。今日も机の上に広げられた遊の弁当は、さすがのクオリティで旨かった。 弁当を食べ終わったあと、遊はおもむろに何かの冊子を取り出して一人で読み始めた。こいつ、だいぶ俺と一緒にいるのに慣れてきたな……。 「遊、何読んでんだよ」 俺が隣にいるのにほっとかれていたのが気に食わなくて、俺はわざと身体を近づけて耳元で言ってやった。案の定、遊は少し身体を固くして答えた。 「求人案内だよ」 「きゅ……え?」 「次のバイト先、早く探さなくっちゃね!」 まだ怪我も治りきってねぇのに、もう次のバイト先探そうとしてんのかよ!つーか何でバイトしてんだ?こいつ。 「えー何遊ちゃん、バイト探してんの?」 金髪の斎藤が反応した。舎弟の中でバイトしてるのはコイツだけだからだ。斎藤は校外でバンド活動もやってて、楽器屋で働いてると前に言っていた。 「うん。今までやってたところクビになっちゃったから」 「さらっというね。原因はその怪我と関係ある感じ?」 「うん、そうだよ」 「……何か欲しいモンでもあんの?無欲そーなのになぁ」 空気を読んだのか、斎藤はクビの原因については軽く流した。その判断は賢明だと思う。クソモヒカンじゃこうはいかねーな。 「物欲はなくても性欲はあるよな!遊ちゃん」 いきなりとんでもないことを言いだしたクソモヒカンに、その場にいた全員が吹き出した。 「てめぇいきなり何言ってんだクソモヒカン!」 その通りかもしれないが、今言うことじゃないだろ。というかこいつは遊の何を知ってんだよ? 遊は顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせている。言葉も出ないらしい。 「あっ!違うんです写楽さん!!も、ももの例えっていうか!!」 「物の例えだろ」 斎藤がツッコんだ。 「あっそう!それ!!別に深い意味はないデスヨ!!」 「はぁ?」 なんっか、怪しいなこいつ。 「ったく、遊ちゃんだって健全な男子なんだから性欲の一つや二つあって当たり前だろーが。あ、でもアレ?やっぱ家が特殊だからオナニーとかできねぇ感じなの?」 「……おい野村、それ以上その話題続けるならピアス三つくらい同時に引きちぎるぞ」 「す、スイマセン写楽さん!!」 ピアスまみれ野郎野村がクソモヒカンに便乗しやがったので、思い切り睨んで脅した。別にこのくらいの下ネタ今までは普通に流してたけど、遊がそういう話苦手そうだってことくらい見れば分かるだろうが。 俺の言葉で、場はシィンと静まりかえった。 「……あのぅ、みんな僕の家のこと知ってるの?」 遊のその疑問で、場は更に輪をかけて静かになった。そういえば、それを直接遊の口から聞いた奴は一人もいないんだっけ……。 「ご、ごめんな遊ちゃん!俺が3組の奴から聞いて、みんなに教えたんだ」 クソモヒカンこの野郎、いつの間に?俺もリナから聞いたけど……そういやリナの奴、最近見ねぇな?同じクラスだから存在は確認してるけど、とうとう俺に愛想尽きたか?いいことだな。 「あ、知ってたのは別にいいんだよ、気にしないで!ただ、ちょっと不思議に思っただけだから。僕言ってないのになぁって」 「……なぁ遊ちゃん、こんなこと聞かれるとイヤかもしんねーけどさ、聞いてもいい?やっぱ生活とか大変なのか?バイトも施設に金入れるためにやってんの?」 今度は斎藤だ。コイツにしてはデリカシーの無い質問だと思ったが、遊がこんなに必死でバイトをする理由俺も聞きたかったので今度は止めなかった。もし聞かれたくないって顔をすれば、すぐに止めるけど。 「うーん、生活が大変かどうかってのは分からないなぁ。僕にとっては当たり前の生活だし、施設にお金入れてくれとか言われたこともないし……あ、でも家事が苦手だったら大変かもしれないよ。冬とか水仕事が地味にツライから」 大丈夫、みたいだな。 「俺家事とかしたことねぇ」 「俺もー」 「たまにはしたらいいのに、茶碗洗いとか。絶対お母さん喜ぶよ?」 「「うーん……」」 遊は軽く言ってるつもりなんだろうが、重みがありすぎてこっちは誰も軽く返せない。勿論俺も、家事なんてやったことねぇけど。 「えーと、それとバイトのことだけど……単なる将来の生活資金稼ぎかな?高校卒業したら梅月園出ないといけないから、今のうちにできるだけ生活費稼いどかないとなーって」 「マジで!?めっちゃ現実的じゃん!さすがに施設は大学までは面倒見てくれねえんだな」 「そりゃそうだよ。ホントの親じゃないし、大体義務じゃない高校に行かせてもらってるだけでも有り難いからね」 やっぱり遊は、大学へ行く気は微塵もないみたいだ。養子になることも……なんで、養子になる気もないんだ? 『遊は、一人になりたがっているの…』 「す、すいません写楽さん!ペットの遊ちゃんに不躾な質問たくさんしちゃって!!」 俺が黙ってるのがキレてると思ったようで、斎藤が謝ってきた。 「あ?別に、遊が怒らなきゃいいだろ」 「別に僕は怒らないよ?変に気を使われる方がいやだし、聞きたいことがあったらなんでも聞いてね。僕が答えられることなら……あ、でもできれば下ネタはナシで……っ」 遊のその言葉にクソモヒカンが「ちぇーっ」と言ったので、ハゲ(坊主)の金田がガツンと後ろから鉄拳をくらわした。きっとこの間のお返しだな。 チャイムが鳴って、昼休みの終わりを告げられた。他の場所に移動していたクラスの奴らも徐々に戻ってきて、教室がザワついている。 「じゃあ僕、3組に戻るね」 「あ、おい遊」 「なっ、なに?写楽」 腕を引いて引き留めたら、遊はまた顔を赤くしていた。隣に座ってるだけなら平気そうにしてるけど、正面から俺を見たら照れるらしい。 こいつ、俺の顔だけが好きなんじゃないだろうな……。 「今日、俺も一緒に病院に行く」 「え?」 「そんでその後、俺んちに来いよ」 「しゃ、写楽の家に!?」 「いいな、放課後迎えに行くから待ってろよ」 「は、はいっ」 素直にそう答える遊の大きな目の中には、少し不機嫌そうな顔をした俺が映っている。 不意に、キスしてぇ……と思った。この前、病院のベッドで一緒に寝た時にしてればよかったけど、いつの間にか寝てしまったから。 まあいい、これから、時間はたっぷりとあるんだ。

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