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犬神家へようこそ
***
写楽の家にお呼ばれしてしまった……それも僕が飛びあがるくらい、嬉しい理由で!
僕は自分の生まれのことを写楽に話したことはないんだけど、入院したときに写楽が梅月園に連絡してくれたということは、既に知っていたに違いない。宮田君に聞いたのかな?
そして、梅月先生からも……。
先生はあの時写楽に何を話したのかいまだに教えてくれないけど、なんとなく話しの内容は想像がついている。
「あの、家、もうすぐ?」
「一応この塀の向こう全部俺んち。門までが遠いんだよ」
「へっ?」
塀の向こうって……もうずいぶん、同じ塀の横を歩いてる気がするんだけど!?
「着いた」
最初に僕の目の前に現れたのは、まったく向こう側が見えない頑丈そうな門だった。まるで政治家の家みたいな……そしてその門を入った先には、『家』というか、『お屋敷』と呼ばれるのがふさわしいような、立派すぎる日本家屋がお目見えした。
え、ここ老舗の旅館とかじゃないの?家なの?個人住宅なの?
「おい遊、ボケっとしてねぇで入れよ」
「は、はいッ!!?」
門から玄関までの風景も、色々と個人住宅にはありえないようなものがたくさんあって――大きな池とか、その池にかかる立派な石橋とか、石畳道とか燈籠とか松の木とかとにかく色々だ――なんというか、テレビでしか見たことの無いようなレベルのお金持ちの世界に侵入した、闖入者の気分になった。
写楽が『ものすごいお金持ち』だということは噂でなんとなく知っていたけど、僕にとって『お金持ち』という存在は漠然としたイメージしかなくて……ホンモノはこういう感じなのか、と現実を知った気分だ……。
「お帰りなさいませ、写楽坊ちゃま」
「お帰りなさいませ」
「お帰りなさいませ」
玄関に入ったら、和服のおばあさんを筆頭に洋服のお姉さんたち二人に頭を下げられた。
しゃ、『写楽ぼっちゃま』!!?
「ただいま。コイツ、梅月遊。晩飯は7時半に俺の部屋にシズネが運んでくれ」
「かしこまりました」
「上がれよ、遊」
「いやっ、あの、手土産もないしやっぱり僕はここで!!」
もう玄関で十分です!!ていうかここって玄関なの?僕の知ってる玄関の5倍は大きいんだけど!
なんかものすごく高そうな壺とかものすごく有名そうな日本画とか飾ってあるし……もうすごいとしか言えないよ!
「いらねぇよ手土産なんか、いきなり呼んだの俺だしな。早くしろよ、ババアに見つかるだろ」
「え?ばばあ?」
聞き返したけど、写楽は答えてくれなかった。このままもたもたしてたらもっと怒られそうだったので、僕は慌てて靴を脱いで出された履きものに足を突っ込み、まるで転がるようにして写楽のあとに着いて行った。
広くて長すぎる――そして薄暗い廊下を黙って歩いた。どれだけ広いのこのお屋敷?何度も曲がって、もう確実に一人じゃ玄関まで戻れないだろう、それくらい歩いている。本当のお金持ちの家には二階や三階なんてないんだ、ということを僕は知った。(というか階段が無いんだ)
「俺の部屋、ババアの目につかねぇように離れたところにあるんだよ。歩かせて悪いな」
「う、ううん」
「あ、ババアってのは俺の母親。いきなり遭遇したらビビると思うから最初に言っとくけど、病気で頭がオカシイからな、もし出くわしてとんでもねー現場を見ても驚くなよ。……つって、驚くなって方が無理か」
お、お母さんのことだったの?
「あの、僕挨拶した方がいいんじゃ……」
「マトモに挨拶なんて出来ねぇから。とにかく、そういうことだからこの家ん中じゃ絶対に俺から離れるんじゃねぇぞ。トイレは部屋の隣にあるから」
「う、うん……」
余所様の家で(しかもこんな立派なお屋敷で)一人でウロウロなんてハナからする気はないけど、お母さんのこととか、なんか色々事情があるのかな……あるんだろうな。
きっと僕には想像もつかない、お金持ちのやんごとない事情が。
「ここだ」
写楽がドアを開けた途端、何かが飛び出してきた。
「にーたん!おかえりー!!」
「にーた!!おかえぃー!!」
「うおっ!?てめぇら何で俺の部屋にいるんだよ!?」
いきなり飛び出してきたそれは、物凄く可愛い双子の幼児だった。
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