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伊織と華乃子
双子ちゃんは、ベッドに腰掛けている写楽の太ももの上に一人ずつ座って、じぃっと僕を見つめている。ちなみに僕は座布団を出されて、その上に正座している。
男の子は前髪ぱっつん刈り上げ頭、女の子も前髪ぱっつんでおかっぱ頭で、二人ともまるで本物のお人形みたいに可愛い。
「こいつらは俺の弟と妹だ。こっちが伊織、こっちが華乃子。お前ら、あいさつは?」
「こんにちはぁ!いぬがみいおりです!」
「かの、ぇす……」
男の子の方は人見知りせず、僕にニコニコと笑いかけてくれているけど、女の子の方は思いっきり警戒している。泣きそうな顔で写楽に抱きついている姿が、可愛くてやばい。
僕は彼らに目線を合わせると、にこっと笑ってみせた
「おにいちゃんはゆう、だよー、よろしくね」
「……ゆうにーた?」
「そう、ゆう兄たん」
「ゆうにーたん!!」
伊織くんの方はもう僕に慣れてくれたみたいだ。まるで弟達が新しいおもちゃを買って貰った時みたいに、ぱぁっと表情を明るくして写楽から離れると僕の方へ飛びついてきた。
ベッドから転げ落ちそうだったので、僕は慌てて身を乗り出して伊織くんを抱っこした。
「あっぶねーなコイツ……」
「げ、元気だね。さすが男の子」
写楽も伊織くんがベッドから落ちないように、後ろから手を伸ばしていた。
「ふえぇ……」
ふと、華乃子ちゃんが泣きだした。写楽はそんな華乃子ちゃんを抱きしめると、あやすように背中をぽんぽんと優しく叩いた。
「泣くなー華乃子、遊は恐い奴じゃねぇぞー」
「うえぇ、うええん、しゃあくにいたぁ~」
「あーあ、鼻水付けやがって。悪いな、人見知りなんだよ華乃子は」
「全然悪くないよ?このくらいの年の子なら、知らない人が恐いのは当たり前だし」
華乃子ちゃんとは間逆な態度の伊織くんを抱っこしながら、泣きながらも僕をちらちら見てくる華乃子ちゃんにニコッと笑いかけた。うちの園には今、一番小さくても小学生しかいないから、こんなに小さな子を抱っこするのは本当に久しぶりで可愛い。
「伊織くん、いくつ?」
「ふたちゅ!」
二歳児かぁ それにしても、伊織くんのほうが華乃子ちゃんに比べてしっかりしてるというか、ただの『性格の違い』じゃ済まされないような成長の違いがあるように思えるなぁ……。
「気付いたか?」
「え?」
どうやら伊織くんと華乃子ちゃんを少し怪訝な目で見ていたのを、写楽に見抜かれたらしかった。
「別に華乃子がおかしいんじゃねぇよ……おかしいのは伊織の方なんだ。伊織は親父の後を継ぐ、犬神グループ次期総帥候補だからな。このトシからものっすごい英才教育受けさせられてんだよ。華乃子は女の子だからそうでもねぇけど」
お父さんの、後を継ぐ?でも、それって……
「あの……よくわかんないけど、それって長男の写楽の役目じゃないの?」
写楽の口ぶりからすると、犬神グループは世襲制に違いない。それなら、次期総帥?の第一候補は長男の写楽じゃないんだろうか……。
「中三までは俺もそのつもりだったし、周りもそう思ってたんだけどな。でも俺はクソババアの本当の子供じゃねぇんだ。親父が愛人に産ませた妾の子なんだよ。……だから2年前に本妻の子である伊織が生まれた時点で、俺は用済みになったんだ」
「……!!」
何……それ……
「って、ガキの前で話すことじゃねぇな」
写楽は、華乃子ちゃんを抱っこしなおすと、ヨシヨシと頭を撫でてあやし始めた。
僕は、僕の膝の上に向き合うように座っている伊織くんを見た。伊織くんはきょとんとした顔で僕を見上げている。
目が合ったら、にこぉ、と天使ような笑顔を向けてくれた
「……」
僕には疑う余地も何もないのだけれど、今の写楽の話が本当なのだとしたら、この子の存在が、写楽を苦しめている……?
「伊織、華乃子、兄ちゃんは今から遊と大事な話すっから、シズネに遊んでもらえ。あー、今晩飯の支度してるか……じゃあ絢実 か史子 にだな……」
「にーたんがいいー!!」
「にーたがいー!!」
「ダメだ。また母様に怒られたくねぇだろ」
『かあさま』という単語を出された途端、双子ちゃんはしゅんとした顔をしておとなしくなった。
すると、見計らったように部屋のドアがノックされた。
「何だ?」
「写楽様、伊織様と華乃子様はそちらにいらっしゃいませんか?奥様が探しておられます」
「あー……、居るから、連れて行ってくれ」
「はい。失礼いたします」
ゆっくりとドアが開けられて、先ほど僕を出迎えてくれたお姉さんのうちの一人が現れた。
「悪いな、絢実」
「いいえ写楽様。じゃあ伊織様、華乃子様、参りましょう」
「「……」」
伊織くんは、先ほどとは打って変わって暗い表情をしている。華乃子ちゃんは既に泣きやんでいたけど、また泣きそうな顔になっていた。
まだこんなに小さいのに、実の母親に会うのがそんなに苦痛なんだろうか。僕や、施設にいる親のいない子たちにとっては、とても理解できない感情だけれど……。
「そんな顔すんな。2人ともイイ子にしてれば、また肩車してやっから。馬でもいいぞ」
写楽は、二人の頭をぽんぽんと優しくたたきながら、慰めるようにそう言った。
「うん!!にーたん、やくそく!!」
「やくしょくー!!」
「おう」
「さ、お二人ともお早く」
お姉さんに手を引かれて、まだ小さな背中なのに壮大な悲壮感を漂わせながら、双子ちゃんは写楽の部屋を後にした。
そして僕は軽く開いたドアの向こうから、長い廊下に響く悲鳴のような声を聞いた。
「伊織!!伊織はどこなのぉ――っ!?私の伊織ぃぃ!!」
きっとこの声の主は、 写楽と伊織くんと華乃子ちゃんのお母さん……だ。
写楽と二人だけになった部屋は、しばらくシィンとしていたけど、先に口を開いたのは、写楽の方だった。
「お前も聞いただろ、さっきの声。あれが俺の継母で、あいつらの母親だ」
「でも、どうして……」
「マトモだったんだよ。多分、俺が生まれるまではな」
「……?」
なに、それ。
一体、写楽達のお母さんに、何があったんだろう。それに、写楽も。
「最初に言っとくけど、ぜんっぜん楽しい話じゃねぇ。それでもお前、俺の話を聞きたいか?」
写楽は、ベッドの上から座布団に座る僕をまっすぐに見下ろしている。そうだ、僕が今日ここに来たのは、写楽の話を聞くためだった。たとえそれが、どんな悲しい話だって……
「聞き、たい」
きみの話なら、いつも、いつまででも、いくらでも聞いていたいよ。
「後悔するかもしれねぇぞ。重すぎて」
「んー……それはないよ」
きみのことなら、なんだって知りたいから。
「まあ、境遇はお前の方がだいぶヘビーだけどな」
「そんなこと、比べないで」
「そうだな、悪い」
きみのことが好きだから。
だいすきだから……
そして、写楽はぽつりぽつりと語り始めた。
僕の方は見ずに自分の足元を見て、まるで半分一人言のように……。
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