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いつか、僕を

* 「……随分と長いお話をしておいででしたね」 「まぁな」  シズネは俺の部屋の半分の和室スペースに、素知らぬ顔で夕食を並べている。 「その、丸めてあるシーツは……」 「洗濯物。あとで新しいの持ってきてくれるか」 「……かしこまりました」  一応部屋の換気はしたけど、やはりまだ残り香があるだろうか。シズネは何かを察したみたいだけど特に何も言わない。遊は顔を真っ赤にしたまま、俺達のやりとりを黙って眺めていた 「では、ゆっくりご賞味くださいませ、梅月様、写楽様」 「は、はい!有難うございます。頂きます……!」  シズネのその言葉に、遊は土下座をする勢いで慌てて頭を下げていた 。  寿司、天麩羅、お吸い物……テーブルに並べられた普段より豪勢な夕食を見て、別に遊は日本被れの外人じゃねぇんだぞ、心の中で突っ込みつつ箸を付けていると、遊がおずおずと俺に話しかけてきた。 「あの……シズネさんに、ばれたらまずいんじゃ」 「何が?」 「え、今……エッチなことしてたこと」 「なんで」 「な、なんでって!僕達は男同士だし……」  焦っている遊が面白くて、つい意地悪な物言いになってしまう。 「妊娠しないから逆に安心してんだろ。つーか最後までヤってねぇしな」 「……」  俺の回答に、遊はあまり納得していないようだった。前に『勘違いなんてしない』なんて言ってたのに、その表情はなんとなく面白くなさそうだ。 「言っとくけどな、」 「はい」 「男でも女でも、外の人間を俺の部屋に入れたのはお前が初めてだからな。お前以外に、あんな暗い話もしたこともねぇし」 「っ……」  遊は、分かりやすいくらい嬉しそうな顔をした。勿論本人は隠しているつもりだろうがバレバレだ、俺には遊の耳と尻尾が見えている。 「さっさと食え。帰るのが遅くなっちまうぞ」 「は、はいっ」  遊は、さっきの少し不満そうな表情を一変させて、ぱくぱくと寿司と天麩羅を食べ始めた。 「っ~~~美味しい!!」  いちいち料理に感動するのが見てて面白い。お前は初めて和食を食った外人か、と突っ込みたくなる。 「……ま、別に泊まってってもいいんだけどな」 「え!?」 「そうだな、そうするか。制服も今から洗濯して干せば明日には乾いてんだろ」 「ちょ、ちょっと待って!それはさすがに遠慮するよ!!」 「ああ?お前に拒否権なんてねぇよ」  ジロリと睨んで見せても、珍しく遊はひるまなかった。 「でっ……でもでも、そんなの絶対だめ!無理です!」 「ダメな理由を言え。…そう言えばお前、さっきも何か言いかけてたよな」 「!」  俺が乳首を攻めていた時だ。すっかり忘れていたけど、言わせないとなんか気が済まない。遊は『なんで思い出すんだ』とでも言いたげな顔をして、カァ――っと赤くなった。 「んじゃさっき言いかけてたことから順に言えよ」 「言ったら、帰してくれる……?」 「あぁ!?」 「ご、ごめんなさいっ!!」  生意気にも交換条件なんて出してきやがったので、ついケンカの時のように威嚇してしまった。コイツ、そんなに俺の家に泊まりたくねぇのかよ?  あんな話をしたあとだからか?こんな暗くて陰気な家には泊まりたくねぇって?それなら、分からないでもないけど……。 「違うよ!あのね僕、別に泊まりたくないわけじゃないから!」  遊は俺の表情で言いたいことを察したのか、すぐに否定してきた。 「君と僕は友達じゃないけどっ、その、お泊まりとかそんな、友達どうしの一大イベントみたいなの、もっとちゃんと準備してから望みたいっていうか……!て、ていうかさ、もうー!ここ好きな人の家なんだよ!?」  ついにヤケクソになったのか、遊がいきなり大きな声出した。 「一晩も写楽と一緒にいて、平常心でいられる自信なんて無いよ!僕、嬉しすぎて本当に死んじゃうから!!」 「……」 「明日の朝には、冷たくなってるかもしれない」  何言ってんだ、こいつ……。  遊の言葉に俺は思わず大爆笑しそうになったが、遊は本当にそう思ってるみたいで、自分の身体を抱きしめて身悶えしている 。 「いや、僕が死ぬのは構わないんだけど、そんなことで写楽に迷惑かけたくないし」  まだ言うのかよ……。俺はこみ上げてくる笑いを噛み殺すべく、小さく深呼吸を2回した。そして。 「……遊」 「な、なに?」 「……殺してやろうか?」  俺は軽く笑みを浮かべながらそう言った。遊は、大きな目を更に大きく見開いた。しかし、その目から感情を読み取ることはできなかった。 「えっ……まだ、死にたくない、かも。けど、一番理想的な死に方だね。今日は無理だけど!でも……そうだね、いつか……写楽の手で、僕を殺して欲しいなぁ」 ぽつぽつと、言葉をかみしめるように言った。 「……くくっ」  ついに俺は、堪え切れずに爆笑した。 「ハハハッ、アハハハハハ!!」 「しゃ、写楽?」 「ハハハハハ!!遊、お前ってマジ、最高!」  遊は、何で俺に笑われているのか分からない、という顔をしている。ったく、なんて会話だ。第三者が聞いてたらどんな反応するのか想像もつかない。 「……いいぜ、遊。今日は許してやる。でも……そうだな、いつか俺がお前を殺してやるよ。お前の一番望む方法でな」  笑い過ぎて涙が出てきたので、指で拭いながら俺は言った。言いながら遊の方を見ると、遊はとても幸せそうな顔で笑っていた。

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