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夢のロールスロイス
*
「あの、もう少し小さな車は無いんですか?」
電車で帰る、という遊を無理矢理に説得して(俺が勝手に連れてきたのに、こんな時間に電車で帰すワケがない)シズネに手配を頼んで門の前に車を回してもらったら、遊は唖然とした顔をしてそう言った。
「あ?俺んちのロールスロイスに不満でもあんのか」
「いや、不満っていうか、こんな大きな車に乗って帰ったらご近所さんが大騒ぎになるから」
「んじゃあリムジンにするか」
「多分同じようなやつだよね、りむじんて」
高級車に乗ったことねぇのかよ、蒼褪めて唇まで真っ白になってるし。ここで俺がキスしたらすぐに血色良くなるんだろうけど、シズネも運転手も見てるのでやめておいた。
「仕方ねぇな、じゃあタクシーを手配してやるよ」
「い、いいですそこまでしてもらわなくて!の、乗せていただきます!その、ろーる、すらいすに!」
「ロールスロイスだっつーの」
スライスしてどうする……テンパって言い間違える遊に、俺は勿論、運転手やシズネまでもが笑いをこらえていた。遊は深呼吸をして、運転手に律儀に礼を言いながら車に乗り込んだ。
「じゃあ、また明日な」
「うん」
「あ、それと」
「なに?」
「お前の新しいバイト先の世話してやるから、明日俺のところに履歴書持ってこい。写真はいらねぇから」
「え、ほんと!?」
「おう。忘れんなよ」
「うん、うん!ありがとう写楽!!助かるよ!!」
そして遊を乗せたロールスロイスはゆっくりと発進して、角を曲がって見えなくなった。
「……写楽様」
「ん?」
車を見送ったあと、シズネがぽつりと俺に話しかけた。その目は、車が去った先をじっと見つめている。
「初めてでございましたね、ご学友を屋敷に連れてくるなんて」
「おう」
「あの方はただのご学友ですか?」
『ただのご学友』じゃなけりゃなんだってんだ?まぁ、シズネが心配してることは分かってるけど、なんとなく今は言葉にしたくなくて茶化して流すことにした。
「アイツはタダモンじゃねぇよ」
「それは……どういった意味でございましょうか?」
シズネの視線が俺に向けられた。俺はその質問には答えずにシズネを見返した。
いつの間に、シズネはこんなに小さくなったんだっけ……いや、俺がデカくなったのか。
「あいつ、俺のことが好きらしいぜ」
「……」
「もう質問はナシだ。俺は寝る」
「……おやすみなさいませ」
シズネはまだ何か言いたそうだったが、俺は聞かないことにした。別に『俺が』好きだって言ってるわけじゃないからいいだろう。
*
「……フゥ……」
部屋に戻り、窓を開けて一本だけ煙草を吸う。グレてからの俺の寝る前の習慣だ。最初は苦いだけだったけど、自分の身体をじわじわと不健康へと誘っているのが心地よくて、気が付けば癖になっていた。
それにしても、今日はなんだかやけに煙が美味しく感じる気がする……
「あ」
そういえば、また遊に謝り損ねた。今日は俺が自分のことを色々話したけど、アイツの過去についてはよく考えたら他人の口から聞いた話ばかりだ。俺から聞きたいとは言わないけど、いつかは話してくれるんだろうか……アイツの口から、アイツ自身のことを。
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