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遊の新しいバイト
そういえば、写楽が紹介してくれるバイトって何なんだろう、なんだかとてつもなく時給が良さそうな……いやいや!例え時給がよくなくたって、写楽が紹介してくれるバイトならなんだってやるつもりだ。断ったりしたら、彼の顔を潰すことにもなるだろうし。
そんなわけで、僕は写真の無い履歴書とお弁当を持って、昼休みにいつものように4組の教室へと行った。
*
「ほい、採用な」
「はい?」
「それ、仕事概要。授業中暇だったからまとめておいてやったぜ」
写楽に履歴書を渡したら、一枚のルーズリーフを渡された。目を通してみると……
―――――――――――
雇用主:俺
内容:俺の世話(たまにガキどもの相手
時間:平日午後5時半~21時半まで
休み:土日・祝日
時給:1000円 交通費は別支給
―――――――――――
と、手書きで書いてあった。
「……あのぅ」
「何か質問あるか?あぁ、持ちモンは何もいらねぇ。こっちで全部用意してやるから。勿論まかないメシ付きな」
「いや、そのですね」
「これ、お前専用のケータイな。前に俺が使ってたガラケーだけど。仕事用だから当然通話料金は俺が出すけど、好きに使ってかまわねぇよ。俺の家で働く時間は四時間くらいだけど、実質は24時間だと思っとけ。お前、俺のペットだし当然だよな。時給アップは要相談だ」
「いや、だから」
「仕事内容以外の質問は受け付けない」
「……」
待って。ちょっと待って。何これ、僕、写楽のお世話して 写楽からお金もらうの?
そ、そんなのって……
「まさか僕がお金払う方じゃないよね!?」
「お前は何を言ってるんだ」
危ない危ない……ご褒美かと思ったけど違うよね。うん、そうだよね……。同級生を使用人というか世話係に雇うなんて、絶対に普通じゃない。でも、写楽の家は普通とは言い難いし……それに、高校生には魅力的な時給!びっくりしたけど、断る理由はない、かな。
「……写楽のお世話って、具体的には何をするの?」
「俺の部屋の掃除、俺の服の洗濯、俺の制服のアイロン掛け、俺の食事運び、俺の弁当作り。今まで全部シズネにやってもらってたんだけどな、シズネはガキとババアの世話でただでさえ忙しいからよ。俺の世話くらいからはそろそろ解放してやろうと思って。トシだしな」
「……どうして僕なの?」
「お前バイト探してたんだから丁度いいだろ」
それは僕の知りたい答えじゃない。だって、シズネさん以外にもお手伝いさんは沢山いたのになあ……。
「……お前さ」
「は、はい」
「他の奴にシーツ洗濯されるの、イヤなんだろ」
「……っっ!!」
その言葉の意味を理解した途端、僕の顔は茹でダコのように赤くなったに違いない。
「分かったら、黙って俺に奉仕しとけ」
「は、はい……写楽坊ちゃま」
「学校で坊ちゃま言うな」
「じゃあ、……写楽様?」
前にそう呼んだときは、恥ずかしいから呼ぶなって怒られたけど。
「写楽でいいよ、ずっと。お前なら」
「……!」
その言葉は、眩暈がしそうなほど嬉しかった。
でも、勘違いしたらいけない。
いけないのに……
どうしよう、嬉しすぎて勘違いしてしまいそうだ……。
「何なに、遊ちゃんバイト決まったの!?」
「え、うん!」
写楽に、『遊との話が終わるまでこっちくんな』と言われていた舎弟の皆さまが、僕と写楽の会話が一段落着いたのを見て集まってきた。僕は貰ったルーズリーフをさっと後ろ手で隠した。
「つーか写楽さんの紹介ってすげーな!」
「何のバイト!?」
「時給いくらんトコ!?」
「え、えっと」
答えてよいものかと写楽を見ても、写楽は何も言ってくれない。言ったらダメ……なんだろうな、これは。
「秘密、かな」
他にうまい言い訳を思いつかなかった。
「秘密!?何それなんかヤラシイ系!?」
「ばっか、コーコーセーがやらしい系のバイトできるかよ!」
「つーかやらしいバイトって何だ!?エッチなやつ!?」
やらしい系のバイトってなに?
「あっ……」
『お前、他の奴にシーツ洗濯されるのイヤなんだろ?』
さっきの写楽の言葉をふと思い出して、僕は思わず赤面してしまった。
「えっ」
「マジ……なの?」
「エッチなバイトなの?」
「(さすがだぜ、遊ちゃん!)」
何故か宮田くんに感心されていることも気付かず、写楽が口元を隠して笑っていることにも気付かず、僕はいやらしいバイトをする、と自分で肯定してしまったらしい。
それからは誰も、僕のバイトの話はしなくなった。
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