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遊とシズネ

 そして放課後、僕は今日も写楽の家へお呼ばれしたのだった。でも、今日はお客さんとしてじゃなくって…… 「そういうワケだから、こいつの教育頼むぜ、シズネ。ああ、でも一通りの家事はできるみてぇだから、教育っつーか物の場所とか使い方だけでいいから」 「………お待ちください。一体どういうわけなのか、もう一度説明して頂けないでしょうか、写楽坊ちゃま」  こ、恐い!シズネさん、すごく怒ってる……怒鳴ったりするわけじゃないけど、なんとなく空気で怒っているのが伝わる。ていうか写楽、事前に話してなかったの!? 「だから、遊を俺の専属使用人に雇ったんだよ」 「旦那様に了承は得ているのですか」 「んなのいらねぇだろ。遊に給金を払うのは親父じゃなくて俺だからな」 「……梅月様は、お友達ではなかったのですか?」  その言葉に、何故かドキッとした。 「ああ、違うな。コイツはダチなんかじゃねぇ。会った時から、コイツは俺のペ……使用人にしようと思ってたんだよ」 「どうしてですか」 「それがコイツの望みだったから」  今、写楽『ペット』って言いかけてたな。僕の望み……とは少し違うけど、でもそばに居ていいって言われて僕はすごく嬉しかったから、何も間違ってはいないと思う。  ペットでも、使用人でもなんでもいいんだ、きみのそばに居られるのなら。今だけでも……。 「貴方はそれで納得していらっしゃるのですか、梅月様」  いきなり、僕の方へ会話が飛んできて、僕は一瞬身体が震えたけど、僕を見定めようとしているシズネさんの目をしっかりと見返して言った。 「納得しています、ここで働かせてください!」  なんか、某アニメ映画の台詞みたいなこと言っちゃったよ。写楽は自分の部屋に戻り、僕はあるお座敷の部屋にシズネさんと二人きりにされた。これは、シズネさんがそうしてくれと写楽に頼んだからだ。 「……………」  シズネさんは座布団を二枚畳の上に敷いて、僕に『お座りなさい』と促した。僕はそれに従い、ふかふかの座布団にちょこんと正座した。  正面には、僕をジィっと睨んでいるシズネさん。お、怒られるのかな、やっぱり……昨日の今日でのこのことお屋敷に来て、しかもいきなり働かせてくれとか言って……非常識だよね。 「梅月様、下の名前は何とおっしゃいましたか」 「遊です。漢字は遊ぶ、の遊です」  ああ、緊張する……祖母も祖父もいない僕は、梅月先生よりも年上の女性とまともに話すのはこれが初めてなのだ。 「そうですか。じゃあ、貴方のことはこれから遊と呼びます」 「は、はい!あの、よろしくお願いします」 「こちらこそ、よろしくお願いいたします」  頭を下げられて、僕は焦ってしまった。なので、シズネさんの倍以上、深く深く頭を下げた。まるで土下座してるみたい……いや、土下座だな、これ。 (くす、くす) ――え? 「いいのですよ、そんなにかしこまらなくっても」  シズネさん、笑ってる?僕のこと怒らないのかな? 「私はいつもこんな顔なので怒っているのかと思われたでしょうが、別に怒っていませんよ。直接写楽様のお世話ができなくなるのは残念ですけど、貴方になら安心してお任せできます。写楽様が、特別に選ばれた方ですからね」 「特別……」  とくべつ!? 「それに、私には写楽様が決められたことに反対する権限など無いのですよ」 「え……?」  シズネさんはそう言って、少し寂しげに笑った。 「私には、そんな資格もないのです」 「そんな……でも、写楽は貴方を親のように慕ってるんじゃ?」  シズネさんの表情が変わって、僕はハッとした。何知ったような口をきいてるんだ!? 「写楽様は、貴方にそんなことを?」 「え、と……普通親がしてくれること、褒めたり怒ったりとか……を、全て貴方がしてくれたと言ってました。でも親のように慕ってる、とは言ってないです。僕が勝手にそう思っただけです」 「そうですか」  シズネさんは、少し嬉しそうだった。別に笑顔になったわけでもなんでもないんだけど、なんとなく僕にはそう見えた。 「あの……すみません。なんか、僕みたいなのがいきなり働くとか言ってきて驚きましたよね」 「でも、そう決めたのは写楽様でしょう」 「で、でも」 「いいのですよ。昨日写楽様が貴方を連れてきたのは、私と会わせるためだったのでしょうし。なんとなく、こうなることは分かっていました」  え、そうなの?僕に話をするためだけじゃなかったってこと? 「写楽様の話を聞いて、貴方はどう思われましたか」 「え?」 「写楽様は、大変複雑な境遇で育ったお方です。幼いころに実の母親に見捨てられ、継母からは勿論、父親からも冷たくされて……私はずっとそばにおりましたけど、所詮はただの使用人です。親のつもりなど、そんなおこがましいこと、思ったことは一度もございません」 「……」 「写楽様は犬神家の跡取りとして、幼いころから厳しい教育を科せられてきました、今の伊織様のように。でも、写楽様には華乃子様のような、そばにいて癒してくれる御兄弟もおりませんでした」  この人は…… 「伊織様がお生まれになったことで、跡取りという立場も突然なくなってしまわれました。その上、奥様はあの有様で……、写楽様がお荒れになられるのは当然のことで、それを咎められる者などこの屋敷には一人もおりません。当然、私も含めてです」 「……後悔、してるんですか?」  懺悔をしているんだろうか……僕なんかに。  僕の言葉に、シズネさんはほんの少しだけ、驚いたような顔をした。 「後悔なんて……私にはする資格もございません」 「しなくていいと思います。写楽はあなたに感謝はしていましたが、恨んでる風には見えませんでしたから。その、これも僕が勝手に思ったことなんですけど、後継ぎのこととかで色々環境が変わってしまっても、唯一あなたが変わらない態度でいてくれたことが、写楽にとっての救いだったんじゃないかな、と僕は思います」 「……」 「ご、ごめんなさい!よく知りもしないのに、勝手なことばかり言って」 「いいえ……」  シズネさんは僕をぼうっと見つめていて、しばらく何も話そうとしなかった。色々、思うことがあるんだろうか……。  そして僕は不思議と、自分のことを話していた。 「僕も写楽と同じで、赤ちゃんの頃に母親に捨てられました。売られたとかそんなんじゃなくって、本当に、いらなかっただろうから捨てられたんです。だから母親の顔も、父親の顔も知りません。今は梅月園という施設に居て、そこで17年間育ててもらいました」  シズネさんの目の色が変わった。 「だからなんだって話ですけど。写楽と会った時はそんなお互いの過去は知りませんでしたし、知った今も、彼との関係が何か変わったわけでもありません」 「……」 「そんな僕が、写楽の話を聞いてどう思ったかというと……変わらない、です。ってこれ、答えになってませんね。あ、勿論聞いた時は衝撃的で思わず泣いてしまいましたけど」  シズネさんは、まだじっと僕の顔を見つめている。その顔は、もう使用人の表情じゃなくなっていた。息子の友達の話を聞く、お母さんみたいな表情だ。 「あの、僕たち本当に友達じゃないんです。頭がおかしいと思われるでしょうけど、その、僕は写楽のことが好きなんです。写楽は、何故か僕をそばに置いてくれています。その理由は、僕には全然分からないんですけど」  僕は、少し自嘲気味に笑った。

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