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遊の使用人スタイル
「僕は写楽が好きですけど、写楽にとって僕は特別な存在なんかじゃないんです。きっとそのうち……」
それ以上は、言葉にはできなかった。僕にはそれを言えるほどの勇気がまだ無くて……。
『ただし、俺が飽きるまでな。それまで可愛がってやるよ』
あのときの彼の言葉が、脳内でこだました。
「でも、許される限りは側にいたいと思っています。僕が望むのはそれだけです」
今度こそ、本当に静寂が訪れた。僕もシズネさんも、お互い自分の正座した太もも辺りを見つめて黙りこくったけど、先に静寂を破ったのはシズネさんの方だった。
「人は、自分のことよりも他人のことのほうがよく見えるものでしょうか」
「え?」
「写楽様のこと、どうかよろしくお願いします」
またシズネさんに深々と頭を下げられて、僕は慌てて今度こそ本当に土下座した。
*
「僕、作務依も割烹着も初めて着ました……」
「とても似合っていますよ」
制服では動きにくいだろうからと、作業着として作務依と割烹着を渡されたので、その場で着替えた。鏡がないからどんな感じなのか分からないけど、なんとなくその場でくるりと回ってみた。うん、回ったところで自分じゃ見えないな。
「でも、とっても動きやすいですね、コレ。長袖着てても汚れないし、機能性いいなぁ割烹着。園で使う用に自分でも一枚買おうかな」
「よければ、二枚差し上げますよ」
「ホントですか!?ありがとうございます」
やったー!って、素直に受け取ってよかったんだろうか。
「さ、これで全部です。頭に巻いてください」
「これバンダナですか?」
「いいえ、三角巾です」
わぁ、なんだかとっても使用人スタイル……。とりあえず僕のお仕事は部屋に着いたらまず着替えること、そして写楽の部屋を軽く掃除をすること(ゴミ捨てと、掃除機をかけるだけ)、写楽の服を洗濯して干すこと、昨日干していた制服のアイロンをかけること、ご飯ができたら運ぶこと(僕の分もまかないとして一緒に出してくれるらしい)。
僕がシズネさんに言われたのはそれだけで、あとは洗濯機の使い方と、洗濯物干し場と掃除用具の場所と台所、そして僕が歩いてもいい廊下を説明してもらった。
「あの、それだけじゃすぐ仕事終わると思うんですけど」
「貴方も学生ですし、何かと忙しいんじゃありませんか?学校の課題など……まあ、写楽様はおやりになったことはありませんが。余った時間は自由に過ごして頂いて結構です。あとは写楽様の指示に従ってください」
「わかりました」
「今日は食事の準備だけで結構です。そうそう、ゴミ捨て場を教えていなかったですね。外で……」
そう言って、シズネさんはまた廊下を歩きだした……けど、いきなりピタと止まった。そして少し厳しい顔で、僕を振り返る。
「どうかゴミ捨てだけは、慎重にやってくださいませ」
「え?」
「ほんの少しだけ、奥様に会う可能性が高いですから」
「あ……」
伊織くんと、華乃子ちゃんのお母さん……。
「奥様のことは、写楽様からどこまで聞いていらっしゃいますか?」
「えと、病気で頭が……いやっその、精神の病気だと。伊織くんを溺愛していて、写楽のことを誤解しているって……それだけ、です」
「では、ほとんど聞いてらっしゃいますね」
「はぁ」
そうなのかな?
「奥様に会われても、決して写楽様のお名前を出してはなりませんよ。逆上なされますから」
「……?」
「基本的に、今の奥様は伊織様と写楽様のこと以外は興味がおありでないので、会っても無視されると思います。写楽様は憎む対象としてですけど……。とりあえず挨拶をして、廊下を開けて頭を下げていなさい。旦那様にお会いした時も、それは同じです」
憎む、対象……
「分かり、ました」
「では、そろそろ夕食ができていますので、部屋に戻る際についでに運んでください。台車を使って結構です。では、ゴミ捨て場に案内しますね」
「はい」
今は、奥様はいないのかな?なんとなく、その質問は恐くて聞けなかった 。
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