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月に想いを馳せながら
***
「フウー……」
上半身は裸のまま、部屋の外の縁側に座って夜風に当たりながら、俺は煙草の煙を空に向かって吐き出した。
今夜は月が綺麗だけど、俺の煙草の煙でかすかにぼやけている。
今、俺のベッドの中には遊が一人で、ちょっと揺すっただけじゃ起きないくらいぐっすりと眠っている。
少し、ヤリすぎちまったかな……そう思う俺自身も少し、腰がだるい。明日学校行くの、遊は無理かもな。俺は普通に学校はサボれるけど、遊はそういうワケにはいかないだろうから悪いことをしてしまった、と思った。マジメに数学の予習なんかをしていく奴だし。(壊滅的に理解できてないけど)
「………」
風呂で舌打ちをしたのは、無意識だった。遊は中山の告白を冗談と思っていたから、そのままの認識でよかったのに。
でも、もし中山の告白が本気だということが分かったら、遊は一体どう思うのか……どういう反応をするのか、どうしても知りたかった。
遊は最初は『冗談じゃない』みたいな反応だったくせに、考え込むとどんどん顔を赤くして、俺が話しかけたらかなり動揺した態度を見せた。そこで俺は、後悔した。
あいつが本気だったら、なんて伝えなきゃよかった。
まんざらでもなさそうな遊の態度を見て面白くなくて、つい舌打ちしてしまったんだ。
その結果、無駄に遊を恐がらせて最悪なことに泣かせてしまった。
でも 俺にとってあんなに難しかった謝罪は、あっさり過ぎるほど簡単に口から零れた。
『悪かった』って。
これが恋ってやつなんだろうか。
今まで出来なかったことが簡単にできるようになる。
今まで見ていた景色が全然違ったものに見える。
人の性格すらも、変えてしまう。
「……はぁ……」
中山なんかに嫉妬して、勉強の礼だとかかこつけて、平日にも関わらず遊を抱き潰した……
なんか、馬鹿みたいだな、俺。
もう一度月に向かって煙を吐き出すと、灰皿代わりの空き缶に煙草を潰して部屋に戻った。ベッドの中をそっと覗き込むと、さっきと同じ寝顔、同じ体勢の遊がすやすやと眠っている。
俺もベッドに入って、遊を抱き枕みたいに抱きしめた。それでも遊は起きなくて、ガキみたいな寝顔にふっと笑みが零れた。俺の手で翻弄される遊の存在が、愛しくてたまらない。
……言ってみようか。
今なら寝ているから、恥ずかしくないかもしれない。さら、とすっかり乾いてしまった髪を撫でる。
「遊……」
”好きだ”
たった、三文字。
「すっ……」
たった三文字、たった三文字、たった三文字。
「すっ……す……っっ」
”好きだ”
「~~~~ッッ言えるか――!!」
ドラマとか映画では腐るほど言われているその三文字、いやニ文字を言うのがこんなにハードル高いなんて。100人相手にケンカする方がよっぽど楽だと思った。精神的に。
「ん、ぅ……」
つい大声出してしまったせいか、遊が身じろぎした。
「ね、寝ろ、遊、まだ寝てろ……」
「………」
マジで寝た。素直すぎるだろ、寝てるのに。
”好きだ”
「はぁ……」
もっと恥ずかしいこととか、エロいことなら簡単に言えるのに。なんでこんな単純な言葉が言えないんだ、俺は。
別に言う必要なんてない。言わなくても、こいつが俺のペットであることには変わりないんだから。……でも、
『絶対俺の恋人になってもらうからな……!!』
何度も、思い出したくもない中山の言葉が頭をよぎる。なんだかんだと言い訳しても、俺も遊に好きだと伝えないことには、あいつに負けたみたいな気分になる。こんなことを思ってる時点で、もしかしたら俺は負けているのかもしれないけど。
いやもう、ここは腹をくくれ俺。中山なんかに負けてたまるか。大体、遊は今ぐっすり寝てるんだぞ!寝てんだから、起きてる時に言うよりハードルはだいぶ低いはずだ……!
「……遊……」
俺は、寝ている遊の耳元にそっと顔を近づけた。……心臓がうるさい。
「…すきだ。」
小さな、蚊の泣くような声で気持ちを告げた。
ハッ
な、何両手でガッツポーズなんてしてんだ俺は!破滅的にカッコ悪ぃ!!クソモヒカンくらいカッコ悪ぃ!!!
「……寝るか」
遊を俺の方に向かせると、俺もゴロンと横になって遊を抱き枕にした。
「う、ん……写楽……」
「あ?」
なんだ、寝言か。
「写楽……だい、すきだよ……」
「!!?」
俺があんなにも言えなかった言葉を、こんなにあっさりと言えるなんて……しかも寝ながら。
「ホントに大した男だな、おめーはよ……」
俺に告白してきた時からそう思ってるけど、やっぱりコイツはタダモノじゃない。
「おやすみ、遊」
遊の額に軽くキスをして、俺も目を瞑った。
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