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ビジネスホテルにて

 ふらつく遊を支えながらバイクの後ろに乗せ、俺の腰にしっかりと掴まらせて、絶対に手を離すんじゃねぇぞと念押ししてゆっくりめにバイクを走らせた。  遊は俺が今からどこに行こうとしてるのか、何も聞かない。それは、俺が『心配すんな』と言ったのを素直に聞き入れているようだった。  そして俺は、海の近くにあった古びたビジネスホテルにバイクを停めた。 「チェックインできるかどうか聞いてくる。お前はここで待ってろ」 「えっ?」 「帰りたくねぇんだろ」  俺一人でさっさと聞いて来ようとしたけど、 「僕もいっしょに行く!」  遊は何故か必死な顔で俺の腕を掴んできた。まるで置いていかれるのが恐いみたいに。 「……いいけど、お前、何もしゃべるなよ」 「?わかった」 * 「今から休憩して……明日まで泊まれる部屋、空いてますか」  フロントのババアにそう尋ねると、ババアは怪訝な顔をして俺と遊をジロリと睨み、頭のてっぺんから足の爪先までじろじろ観察していた。 「あのー失礼ですけどォ、貴方たち年齢は」 「……19ですけど」 「お友達同士ですか?」 「兄弟です」  俺んちの系列がやってるホテルだったら、こんな質問してくるフロント係一発でクビにしてやるんだけどな。そっちのホテルなら顔パスで入れるけど、街中だし……。そこに着くまでの遊の体調が心配だった。 「うち、先払いなんですけどねぇ」 「カードでいいですか」  俺はズボンの尻ポケットに突っ込んでいた二つ折りの財布から、キンピカなカードを取り出してババアの目の前に差し出してやった。  ババアは顔の皺が全部なくなるくらい目を見開いて驚き、慌てた仕草で部屋のキーを持ってきた。 「506号室になりますっ、朝食は7時からでチェックアウトは明日の10時です!」 「どーも」  先払いじゃねぇのかよと心の中で毒付き、俺は俺の言いつけ通りずっと黙っている遊の手を引いてエレベーターへと向かった。  プラスチック製の安っぽいキーホルダーの付いたキーもさることながら、部屋もホテルの外観を裏切ってない内装だった。 「せまっ……」 「………」  俺の部屋の半分だ。遊が何か言いたそうにしてるけど、何も言わない。 「……あぁ。もう、喋ってもいいぞ」  まだ俺が喋るなって言ったことを守っていたらしい。 「うん。写楽おにいちゃん」 「………」 「ふふっ」 「……とりあえず寝ろ。それともシャワー浴びるか?」 「ん……いい」 「服、脱いどけよ。寝にくいだろ」 「うん」  遊は素直に、俺に背を向けて服を脱いでいく。別にやらしいことをしようとしてるわけじゃねぇのに、妙にドキドキする。  遊は下着姿になるとベッドに潜り込んだ。顔だけは俺の方に向けている。俺は殺風景なデスクに腰かけて、そんな遊を見つめていた。 「……実はね、」  遊が口を開いた。 ――実はね。 「昨日楽しみで、一睡もできなかったんだ」 「……だと思ったよ」 「分かってたの?」 「当たり前だ。……もう、寝ろ」  すると、遊がベッドの中から手を出した。 「手、握ってて?写楽」  こいつは、いつの間にこんなに俺に甘えるようになったんだろうか。……まあ、俺としては嬉しいけど。立ち上がって、ベッドに腰かけた。  俺は遊の小さな手に自分の指を絡ませて、ぎゅっと握ってやった。俺が素直に遊の言うとおりにしてやってるのは、こいつの体調が悪そうなのもあるけど……。 「ありがとう」 「早く寝ろよ」  素直に『好き』と言えないから。  こうやってこいつの数少ないわがままを聞いてやれば、もしかしたら伝わるかも、なんて……そんなズルいことを考えているからだ。  手を握っただけで、伝わったらいいのに。  俺が遊を、どれだけ大事に想ってるか。  それに俺はもう、遊がいないと――……  寝つきのいい遊はすぐに落ちたみたいだ。俺は五分くらい遊の寝顔を見つめて、同じタイミングで呼吸をした。 「……好きだよ、お前が」  起きてるときに言えたらいいのに……。  俺は身体を屈めると、寝ている遊の顔に軽いキスを落とした。そして絡まった指をそうっと離すと立ち上がった。そして遊を起こさないように部屋を出ると、スマホで梅月園の連絡先を探した。

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