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遊の過去について①
二分後くらいに知らない番号から電話が掛かってきて、俺はすぐに通話をタップした。
「はい」
『待たせてごめんなさい。こっちはもう大丈夫よ。……あの、遊は近くにいるのかしら……?』
「いるけど、電話は聞こえない場所にいます」
『そう。……じゃあ、貴方を信用して話すわね。そうすれば……遊がいつかわたしの前からいなくなってしまっても、貴方と一緒に居れば安否確認くらいはできるでしょうから』
「……………」
この人は本当に、遊が自分の前からパッタリと姿を消すと思っているのか……。遊が、そう思わせる態度を取っている?
『遊の生い立ちは話したわよね。遊はわたしのところへ引き取られて……』
「里親に出されたんですよね?……二回も」
『ええ……』
二回、ってところからして既に異常だ。普通、そう簡単に子供ポンポン手放したりしねぇだろ……自分の子供じゃなくっても。
梅月先生はすごく話しにくそうだったが、俺の態度も真剣だったし、遊をどこかに見失ってしまうくらいなら……と腹を括ったようで、ポツリ ポツリと語り始めた。
***
遊が初めて引き取られたのは、4歳の時だった。引き取ったのは独身の学者風の男で、実際にどこかの偉い大学教授だったらしい。
遊は初めての、自分だけの父親に対してそれはそれは懐いたそうだ。梅月先生が少し寂しくなるくらいに……そんな遊だから、その養父も猫可愛がりしていたらしい。
でも、その愛し方は異常なものだった。
『……遊は、性的虐待をされていたの。でも、遊は自分が虐待されてるなんて意識は一切無くて……』
そして遊は幼稚園の友達に、自分が毎日養父にされていることを好意でやってあげた。それをおかしく思った友達が母親に話し、それで養父の虐待が発覚された。
『遊があの人と一緒に居たのはたったの一年半だった』
「……………」
『あの人は逮捕されて、遊は再び私が引き取ったけれど、その時の遊の悲しみようは本当に凄かったわ。毎日わんわん泣いて、ごはんも全然食べなくて。何を言われてそういう行為を受け入れていたのかは知らないけど、本当にあの男のことが大好きだったのね。……とんでもないことをされていたのに……』
「……………」
遊の変な性癖は、その頃に培われたものだったんだろうか。男に従順というか……なんというか……。
今でも、その養父のことは恋しいんだろうか。
――覚えているんだろうか。
『次に遊が引き取られたのは、小学校3年生のとき……私はもうあの子を手放す気はなかったんだけど、先方にどうしても遊が欲しい、って言われて』
次の遊の里親は、ずっと子供のいない40代の夫婦だった。二人はとても優しそうで、里親体験に行った遊二人にとても懐いたようだ。
もうその頃は前の養父のことは覚えていないようで、質問も何一つ口に出さなかったらしい。逮捕されたときは、お決まりのように『お父さんは外国にお仕事に行ったのよ』と言い聞かせたらしいけど、子どもは敏感だから遊は男が急に居なくなった理由についてはなんとなく気付いていたんだろう。だから、そんなに悲しんだんだ。
……と、俺は思う。
次の遊の養父母は、問題は特になさそうだった。しかし、やはりそれも表面だけだったらしい。
『正直、私は遊がその家でどんな生活をしていたのかは詳しく知らないの……園に遊びに来ることもなかったし、私は私で他の子供の世話をするのに忙しくて……』
異変が起きたのは、遊が引き取られた一年後だった。
そして、急に梅月先生の話す速度も落ちた。
『本当に……恐ろしい話なんだけど……』
「……何があったんですか?」
まさかまた、遊が虐待されていたわけじゃないだろう。
『……旦那さんの方が、奥さんをこ、殺したのよ……』
「えっ!?」
――こ、ろ、し、た……!?
なんか、いきなりとんでもないワードが出てきたけど、まさか、遊が関係してるとか……?
いや……関係してるんだろうな、絶対。
スマホを握る手が、少し震えた。
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