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遊の過去について②
俺は静かに深呼吸をして、梅月先生の次の言葉を待った。
『発覚したのは、近所の人が異臭がする、って警察に通報したかららしいの。真夏で……死体の腐敗が速くて……』
「えっ?」
男は妻を殺して、しばらくはそのままだったのか?
『発覚したときにはもう既に、死後一週間くらいは経っていたそうで……』
「……………」
『旦那さんは警察で、遊と二人になりたかったから奥さんを殺した、と供述したそうよ……』
俺は無意識にゴクリと唾を飲み込んだ。ここは暑いのに、背中に冷や汗が流れる。
「その……遊は発見された時はどこに……」
どこにいたんだ。死体になった養母のそばにいたのか?
一週間も……!?
『……遊はそのとき、海にいたの』
「海?」
『ええ。その時家には父親しか残ってなくて、遊はどこに行ったのかわからない、って言ったらしいの。それで、わたしのところじゃないかって警察から連絡がきて……それで私は事件のことを知って……でも、遊は来ていなくて……そしたら、小学生が一人で海の方に向かうのを見かけたって目撃証言がいくつか出てきたの』
「……………」
"お母さんに、会いに行ったんだ"
『それで私も警察と一緒に海に向かった……本当に、あの時はもうダメだと思った……』
ただ、行方不明になっただけだろ?
遊は砂浜にいたんだろ?
『遊は海で溺れていたの……。自分から海に入っていくところを釣り人に見られてて……慌てて助けられたときは、もう息をしていなかったわ……』
「――!!」
"やっとの思いで来た海は……水は冷たいし、風は強いし、波は激しいしでとっても恐かった……"
『もちろん息は吹き返したけど、遊は一週間以上も目を覚まさなかった……。奇跡的に脳には何も障害は残らなかったけど。でも、病院で警察に話を聞かれた遊は、何も知らない、見てないの一点張りで、警察もとうとう聴取を諦めたわ。まぁ、父親は自分がやったって認めてるというのもあるし……』
「……………」
『でも、遊は本当に何も覚えていないみたいなの。海で溺れたショックで忘れたのかしらって私は思ってるんだけど……だってその事については今でも何も言わないし、聞かないし、あまりにも普通の態度だったから』
「普通の態度?」
『ええ。今と同じ……おとなしくて、世話好きで素直な……』
「……………」
遊は 養母が養父に殺されたところを見たんだろうか。それで、養母を探しに行った?
……わからない。
『だから私、海に行ったら遊がその時のことを思い出してしまうんじゃないかって……そう思って、一度も海には連れていってないの。殺人現場なんて、そんな恐ろしい場面を思い出したりしたら、遊が壊れてしまうんじゃないかって思って……!』
”覚えてない……僕は、覚えてないから知らないよ!”
『本当に、話して良かったのかしら……ねえ、写楽くん。遊は大丈夫なの?』
「大丈夫です。話してくれて、ありがとうございます」
スマホの向こうで、梅月先生の安堵の息が少し聞こえた。
「けど遊が帰りたくないと言ってるので、二、三日園には帰さないかもしれません」
『えっ?』
「学校も休みます。状況を見てちゃんと帰すんで、しばらく俺に任せてもらえませんか」
『…………』
梅月先生は黙った。全然大丈夫なんかじゃない、と思っただろうか。それは別に構わない、本当に大丈夫かどうか、俺にもまだわからないんだから。
『帰らない』じゃなくて、『帰さない』と言ったのは 俺の意志を強調したつもりだ。遊と一緒にいる、という。断られても強行するつもりだけど。
『わかったわ……貴方に、任せます……』
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