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記憶

*** 『おはよう……?』 なんだかいつもと違う雰囲気の朝。 土日でもないのに、朝から忙しなく動くお母さんの足音がしない。 リビングに行くとお父さんがダイニングテーブルの横で立ち尽くしていて、お母さんはそのテーブルに顔を預けていた。身体をぐんにゃりと前に投げ出すような不自然な体勢で。 『お父さん……お母さん、まだ寝てるの?』 首には紐のようなものが巻かれていて、真っ白な顔のお母さんはピクリとも動かない。 『寝ているよ』 『起こさないの?』 『もう、起きないよ』 近くまで行くと うっすらと目が開いていた。お母さんはまばたきひとつしなくて、人形みたいでぞっとした。 『……どうして?』 そろりとお父さんを見上げる。お父さんは、いつもとなにひとつ変わらない。眼鏡の奥の優しい目で、ぼくを見て笑っていた。 『お前が望んだからだろう?これで二人きりになれたね、遊』 『……………』 『もう誰にも、僕達の仲は邪魔させないよ』 『……お父さん……』 お父さん、違うよ。 ぼくは確かにお父さんと二人になりたかった。 でも、こんなのは違う……。 こんなことをしたらまた、 お父さんはぼくを置いていなくなってしまう。 『遊……可愛い遊、お前を愛してるよ……。お前ももっともっと、父さんを愛してくれ』 『はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、』 真っ黒な目で お母さんが見てる。朝からリビングで みだらに絡み合うぼくたちを。 『遊……ずっと一緒にいような……』 『うん、おとう……さん……』 動かないお母さんを残したまま、いつものようにぼくは学校に、お父さんは会社に出掛ける。 お母さんと二人でいるのが怖いから、ぼくはお父さんが帰ってくるまで家の中には入らない。 お父さんが帰ってきたら、動かないお母さんと三人でご飯を食べて、寝る前には狂ったようにお父さんと抱き合う。 ぼくは痛くてたまらないけど、お父さんがぼくを求めてくれるのが嬉しいから我慢する。最後の方は気持ちよくなるからいいんだ。 でも、いつまでもこうして居られるわけがないということは、うっすらと気付いていた。 ピンポーン ピンポーン ドンドン!! 『ちょっと!ちゃんと生ゴミ棄ててます!? お宅からすごい臭いがするんですけど!!』 お母さんを 探しに行かなきゃ。 ***

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