109 / 174

ふたりの時間②

 俺たちは黙々とラーメンを食べた。俺はソファーに、遊はデスクの椅子に座っているから妙な距離感がある。  バラエティー番組で芸人が騒いでる声が妙にうるさかった。普段はテレビ自体あんまり見ないけど、クソモヒカン達が真似して騒いでいる芸人なんかが出てきて、コレが元ネタなのか……と妙に真剣に見てしまった。 「なんかこれ、今流行ってるやつだよね。明良たちがやってるの見たことあるよ」 「おう、どこが面白いのか全然わからねぇけどな」 「僕もわかんないけど、よく分からないところが面白いらしいよ?」 「へえ……」  よくわからないものが面白いなんて、世の中不安定な人間が多いんだなと思った。不安定なのは俺や遊ばかりじゃないらしい、ということ。  芸は全然面白くなかったけど、そんな客観的な事実が知れたことは良かった。 *  ラーメンを食べ終わり、今度は中途半端な回のテレビドラマを見ながらお菓子を食べた。いつの間にか俺と遊はベッドに並んで座っていて、自然に肩を寄せ合っていた。  そういえばなんでこの部屋はダブルベッドなんだろうか。男二人だし、普通ツインじゃねーのか……。  そんな今更な事実に今ごろ気付いた。まあどうせ一緒に寝るから、ダブルの方が都合がいいんだけどな。  今、俺たちが見てるのは恋愛ドラマだ。すれ違いが多くて、主人公の二人は互いに空回りなことばかりしているいつお互いの気持ちが伝わるんだろうか。もしかしたら、今日はすれ違ったまま終わるのかもしれない。  遊は半分口を開けたまま画面に釘付けだ。何をそんなに一生懸命見ているのだろうか。 「……あの女優の顔、好みなのか?」 「え?いや、あの俳優さんが写楽にすこし似てるなって思って……」  似てる……か?一体どの辺が似てるのか全然わからないけど、遊が夢中になって見ている理由が少し嬉しかった。  ドラマが終わって、もう時刻は23時を回っているけど正直全然眠くない。映画でもやってないかとリモコンを操作して番組表を見たら、深夜にあるようだった。  とりあえずチャンネルはニュース番組にして、俺はごろんとベッドに横たわった。  すると。 「……ねぇ、どうして何も聞かないの?」  遊が、俺にそう聞いてきた。 「………」  本当は聞いている、梅月先生から何もかも。  本人から聞かないなんて卑怯だったかと思い、情けないけど俺は何も答えられなかった。遊は俺が気を使って黙っていると思ったようだった。  やっぱり、梅月先生に聞いたことは言うべきか……俺はむくりと起き上がると、遊の方に向き合った。 「僕、さっき写楽に嘘ついたんだ……」 「え?」 「海に来た理由なんか、本当は覚えていないんだよ」 「………」  遊はベッドの上で膝を抱えると、悲しそうな顔をした。 「おとなの人たちにあまりにも色んなことを聞かれるから、さっき言ったのは僕が後から作った『嘘の理由』なんだ。いつの間にか、それが本当だったんじゃないかって思うようになったけど、久しぶりに海に行って、それが嘘の理由だってことを思い出したんだ……」  本当の、  本当の理由は、 「波と追いかけっこしてたら何かを思い出せそうだったんだけど、なんだか思い出すのが恐くなっちゃって……」  本当に覚えていないのか?  義理の母親が殺された事件のことも…… 「さっきもすごく恐い夢を見てて……心配かけて、ごめんなさい」  本当に?  ……俺は、遊の髪をくしゃりと撫でた。 「どんな夢を見たんだ?」 「……うーん……あんまりよくは思い出せないんだけど、知らない女の人に睨まれてる夢、かな……」 「知らない女?」 「うん。全然知らない人。僕、あの人に何かしたのかなぁ……」 「……」  多分それは殺された義理の母親だと思うけど、遊は本当に梅月先生の言った通り、何も覚えていないようだった。  結局海に行っても思い出さなかったってことは、梅月先生の心配は杞憂だったわけだ。 「別に、無理に思いだす必要はないんじゃねぇのか」 「そう?」 「だって思い出さないことで、今のお前になんか不都合みたいなもん、あるか?」 「無いけど。でも僕、昔の記憶が曖昧なところがいくつかあるからさ……なんか気持ち悪いんだよね」  ”気持ち悪い”  その言葉は、本心なんだろう。少しふてくされたような遊の顔は、初めて見た。 「わっ…!?」  俺は遊をやや乱暴に腕の中に収めると、そのまま二人で後ろに倒れ込んだ。 「もう一回、埋めてやろうか?」 「え……?」 「お前が気持ち悪いって思う穴、もう一回太いので埋めてやろうかって言ってんだ。……ココ」 「っ……!」  遊の後孔付近をソロリと撫でた。我ながら変態くさいし意味不明だと思ったけど、遊はすぐに顔を赤くした。 「……ま、やっぱ今日はやめといてやるか」  俺の腰もだるいし、遊は少し声も枯れてるし。 「明日また、たくさん抱いてやるよ」 「……!!」  ニヤリと笑いながら、俺は遊の小さな鼻を軽く摘まんで胸の中にぎゅう、と抱きしめた。『好きだ』って伝えた時から、恥ずかしい行動がどんどん平気になっていってる気がする。

ともだちにシェアしよう!