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付き合うかどうかの話

 そういえば……こいつは俺のことが好きで、俺はこいつのことが好きだって伝えたから、これって俗にいうあれだよな。  相思相愛ってやつ。  うわ、なんか俺気持ち悪っ!いや俺が言うから気持ち悪いだけで、遊が言ったら気持ち悪くないんだろうけど……。  でもそういう……俺と付き合いたいとか、恋人同士になりたいみたいな空気が、遊からは全然感じられない。前に、『誰とも恋人にはならない』なんて言ってたし。  それにビビって今まで告白できなかったのもあるけど、もう、何もかも今更だ。こういうのはその場の勢いとか、ノリが大切なんだよ。だから聞け、俺……!! 「あ、あのよ、遊」 「え、なにっ!?」  あ、コイツの方がテンパってた。よかった。 「お、俺と……つ、付き合う、かよ?」 「えっ」 「いや、そのなんつーかアレだ!!その……!!」  あ――!!! やっぱりダメだ、相当恥ずかしいぞ俺!!今のは聞かなかったことにしてほしい!!大体付き合うだの付き合わないだのって、今までと何か変わるのか? 「あ、あの……」 「何だよ?」 「今までどおり……ペットとご主人様じゃ、だめ……?」  遊は恥ずかしそうにはしているが、まっすぐに俺を見てそう言った。  えっと……それはつまり、俺が恐れていたことそのまんまで、遊は俺とは恋人にはなりたくないっていう、そういう意味……だよな。やばい、何か少し……いや、かなりショックかもしれない。  すると、遊は身体を起こして俺に向き合い、何やら言いわけめいたことを言い始めた。 「あ、あの、僕、写楽に好きだって言われてすっごく嬉しかったよ!もう死んでもいいくらい!!でも僕はみなしごだし、バイトだけど犬神家の使用人だし、写楽の恋人になるのは敷居が高すぎるっていうか!ペットとご主人様くらいの関係が安心するっていうか似合ってるっていうか!!」  それを聞いて、俺も身体を起こした。 「……つまり、俺とコイビトになりたくないわけじゃない、と」  そういうことなのか?俺、ショック受けなくていいのか? 「そ、そりゃそうだよ!だって、大好きなんだから……!それとね、やっぱりその……まだ、恐いから」 「何がだよ?」 「……大切な人を、作るのが……」  遊は両手を絡ませながらその指先を見つめ、ぽつりぽつりと胸中を語りだした。 「僕、再来年に梅月園を出たら、一生一人で生きていこうって思ってたんだ。写楽が犬神家に就職させてくれるって言ってくれたのはすごく嬉しかったけど、本気にはしてなくって……ごめんなさい」 「………」 「なんか僕って、大切な人ができてもすぐなくしちゃうんだ。なんだかよくわかんないんだけど、すぐ一人ぼっちに戻るんだよね。それが結構トラウマっていうか……だから梅月先生のことは好きだけど、養子になろうとは思わなくて……その、写楽とも……主人とペット以上の関係にはなりたくない」  遊は自虐ぎみに笑ったけど、俺とは目を合わさない。 「わかんないよ?本当に理由はわかんないんだけど……やっぱり僕は捨てられた子だから、そういう運命が付いて回ってるのかなーなんて思っててさ……」  遊は既に涙声になっている。ああもう、馬鹿じゃねぇのか、運命とかよくわからないものに振り回されやがって。まあ、あんな経験をしたら無理もないだろうけど……。 「は……離れたくないんだ……写楽とは」 「遊、」 「僕の恋人なんかになったら……写楽もいつか、僕の前からいなくなっちゃうかもしれない。だからもし、写楽の意思で僕を捨てたいって思ったら、その時はもう、すぐに僕を殺してほしいって……僕は、あのとき本気でそう思ってっ……!」 大きな目から大粒の涙をぼろぼろ流しながらそう言う遊を、俺は優しく抱き締めた。 「だから……僕はもう、死ぬまで一人でいようって……そう思って……!」  今日、これで何回めだろうか。こうして腕の中に遊を抱き寄せたのは。 「……俺は離れねぇよ。お前のことも捨てる気はねぇ」 「そんなの、わかんないよ!」 「じゃあ……お前が俺から離れようとしたら、その時に殺してやるよ」 「………」 「いいだろ、それで」  こぼれ落ちる涙を舌で舐めとった。まるで仔猫の毛繕いをする、母猫のように。

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