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記憶のかけら
幼い頃のことを完全に思い出せないわけじゃない。二人の義理の父親に抱かれていたことは、細部までしっかり……とまではいかないけど、うっすらと覚えている。
僕は幼すぎて、正常な判断ができなかった。というか、できるはずがなかった。そのときの僕の周りにいた大人が、僕の世界のすべてを構成していたのだから。
だからお父さんに身体を求められても、『おかしいことじゃないんだよ』と言われたら僕はそれを信じるしかなかった。そして僕は別にそれが嫌じゃなかった。
『せんせい、なんでぼくのおかあさんはぼくをすてたの?ぼくはいらないこなの?』
実の母親に捨てられたのだと知った時、自分はゴミと同じ存在なのだと思った。
『そんなことないわ!いらない子なんてこの世にはいないのよ、遊!』
梅月先生はそう言ってくれたけど、僕にはどうしても『自分がいらなくない子』だという実感が湧いてこなかった。いつまでたっても。
だって梅月園には僕の他にも身よりのない子どもはいて、その中の一人である僕が急にいなくなっても誰も困らないだろう。むしろ面倒な存在が居なくなって、喜ばれるんじゃないかと思っていた。
僕はひとりぼっちでさみしかった。だから、初めて僕を欲しいと言ってくれたその人の存在が、嬉しくてたまらなかった。
初めて出来た、僕だけの『お父さん』。幼稚園の他の子と同じように、仕事終わりに僕を迎えに来てくれる。『お母さん』はいなかったけど、母親は僕を捨てるからいらなかった。
そして、
『遊、愛してるよ……私だけの、可愛い遊……』
身体を求められた時の、圧倒的な安心感。僕も義父のことをそういう意味で好きだったのかどうかは思い出せないけど、ただ僕は義父の要求に応えていればずっとここに居てもいいんだな、と思ったことは覚えている。だからかは分からないけど、僕はセックスが好きだ。求められると、ひどく安心する。
でも義父はある日突然僕を置いて、どこかへ行ってしまった。
その日幼稚園に迎えに来てくれたのは警察の女の人で、連れていかれた警察署には梅月先生が迎えに来てくれた。梅月先生が僕を見て号泣していたのは、今でもよく覚えている。
『ごめんね、ごめんね遊、ごめんね……!』
『うめづきせんせい、なんであやまるの?どうしておとうさんはむかえにきてくれないの?おとうさんはどこにいったの?』
『あの人は遠くにお仕事に行ったの。もう、会えないのよ。いいえ、会わせない!あの人のことは忘れなさい、遊。また、先生たちと一緒に暮らすの。今度は大人になるまで一緒にいるのよ!』
どうして?
『いやだ』
どうしておとうさんは、ぼくをおいていったの?
『いやだ……ぼくだけのおとうさんなのに……』
ぼくのこと、せかいでいちばんすきだっていった。よくわからないけど、あいしてるっていってくれたのに、どうして?
『いやだ!!やだ、やだーっ!!』
『遊……なんで、あんな男のこと……!!』
『おとうさん、おとうさん!』
ぼくを、ひとりにしないで……。
***
二人目のお父さんは、梅月園の庭で一人で遊んでいる僕を一目見て気に入ってくれたらしくて、『この子はもう手放すつもりはない』と言う梅月先生を何回も説得して、僕を引き取ってくれた。きっとその時、園に子どもが増えすぎていたのもあると思う。
『今日から僕が、君のお父さんだよ。よろしく、遊』
『……ね、………よ…』
あれ?お父さんの隣に誰かがいる?
その人は真っ黒に塗りつぶされたみたいで姿は見えない。けど、黒い影の中にはぎょろりと僕を見る二つの目があった。その目のおかげで、その黒い影が『ヒト』だと分かる。
何か僕に話しかけてる……こっちを見ないで。
こわいから、あっちに行ってよ……。
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