127 / 174
突然の呼び出し
***
「……何もないよ」
僕は写楽に、最近何か変わったことがあったか、自分の知らないところで玲華さんと接触したのか、そういうことを聞かれた。
でも、僕は答えなかった。
だって人の家庭の問題だし、僕なんかが簡単に口出していいことじゃないよね。偶然知ってしまった事実だとしても、写楽が家の誰かに聞かされるまでは僕の口から言うべきことじゃないって思うから。
「……そうか」
写楽も確信はないのか、それ以上は追求してこなかった。最近悩んでる顔を見せることが多かったから、きっと写楽は僕のぎごちない態度に気付いていて、でも、僕が言い出すまで待っていてくれたんだろうと思う。
なのに本当のことを言わない僕の考えは、やっぱり間違っているのかな……。
最初は、言おうと思った。けど、無邪気に僕に笑いかけてくる伊織くんを見てたら……。
「………」
きっと写楽は、自分が真実を訴えて伊織くんを蹴落として犬神家の当主になろうなんて思ってないと思う。伊織くんのこと、本当に可愛がっているから。だからこそ写楽のご両親には、写楽に真実を話して誠心誠意心から謝ってあげて欲しいと他人の僕は思うんだけど……。
それが近いうちに叶うことはないんだろう。だって僕は写楽のお父さんに、未だ屋敷の中で会ったことがないから。
犬神家の現当主だから、とっても忙しい人なんだろうな、と思う。だけど、僕があの屋敷で働き始めて半年以上もその姿を見せないのは、やっぱり帰ってきたくないからなんだろうか。
前当主であるおじいさんもまだご健在らしいんだけど、二人は普段はいったいどこで生活しているんだろう?まあ、家くらい沢山持ってるんだろうけど……。
旦那様の話は、写楽からも殆ど聞いたことはない。聞いたらいけないような雰囲気だったし、勿論シズネさんにも橋本先生にも小山さんにも聞けない話題だ。
病気の奥さんを放っておいて、子どもの教育は全部シズネさんに任せて、写楽のことは本人の好きにさせている……ただのバイトである僕が事情に口だしする気はないんだけどね。
ただ、自分の子供に興味関心はないんだろうかって、少し不思議に思うだけ。
*
「おい、梅月」
「へ?」
顔を上げたら、クラスメイトの伊藤君が僕に話しかけていた。結構前から怯えたような態度で無視されていたからなんだか久しぶりな気がする。
「なに?」
「3年の溝内先輩がお前のこと呼んでるんだけど。昼休み、旧校舎の3階に一人で来いって」
「みぞうち先輩?」
……あ、あのイケメンの先輩か。中山先輩の一番のお友達の。僕に一体何の用なんだろう?
「あと、犬神には絶対言うなって……」
「え……?」
写楽に言うな、なんて。それはちょっと困るかもしれない……どうしよう。
「もし犬神が来たら、俺のこと3年全員でリンチするって言われたんだよ。頼むから、絶対犬神には言わないでくれよ!俺、殺されちまう……」
「はあ」
それは……しょうがないんじゃないかなあ、と思うけど?
*
結局僕は、先生に呼び出されたという安易な嘘を付いて、お弁当を写楽に渡したあとに
一人で旧校舎へと向かった。伊藤くんにちょっぴり同情したからだ。
多分、リンチされることは無いと思う。されたとしても自分が行ったのだから仕方ない、と思うことにした。
旧校舎は相変わらず埃っぽいけど、ちらほらと生徒の姿を見かける。お弁当を食べていたり、お昼寝していたり、抱き合っていたり。溝内先輩は、3階のどこの教室にいるんだろう?
「おーい梅月、ここだここー」
「あ……」
通り過ぎようとした教室の中から、相変わらずイケメンな溝内先輩が顔を出して僕を呼んでいた。
「こんにちは。……ここ、少し寒いですね」
「まあな」
旧校舎で写楽に告白した時は夏だったから暑かったんだけど……時間の流れを顕著に感じた。溝内先輩はあの時の写楽みたいに机に腰かけて、言葉を選ぶようにして僕に話しかけてきた。
「犬神には言わずに来たのか?」
「言っても良かったんですか?」
「いや。俺はどっちでもいいんだけど、お前が犬神に聞かれたら嫌だろうなと思ってわざわざ気を遣ってやったんだよ」
「……?」
僕が、写楽に聞かれたら嫌なこと?何だろう、全く想像がつかない。それでも溝内先輩は気を遣ってくれたというのだから、僕はぺこりを頭を下げた。
ともだちにシェアしよう!