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8年前の夏のこと
そして溝内先輩は机に腰かけたまま、僕に言った。
「俺さー、オヤジが警察のお偉いさんで、兄貴も刑事なんだ」
「そうなんですか」
なんだかエリートな雰囲気がするもんなぁ、不良だけど、頭が良さそうっていうか……写楽と同じような感じ。
お父さんとお兄さんが警察なら、溝内先輩も将来はそうなるのかな?でも、どうして何の接点もない僕にそんなことを教えるんだろう。
「だから、気になる事件の詳細とか俺がすっげぇ知りたいんだって頼めば、身内の特権でこっそり教えて貰えたりするんだ、いいだろ?」
「はあ……」
僕はそういうのは全く興味がないから、それが羨ましいことなのかはよく分からないけど、とりあえず頷いて同意した。
「例えば8年前、この町で起きた殺人事件の詳細とかな」
「殺人事件……?」
8年前?その頃の僕っていくつだっけ。今17歳だから……9歳の時?そんな昔に、この町で殺人事件なんてあったんだ。テレビもロクに見てなかったから全然覚えてないけど。
平和な町だと思ってたけど、恐いなぁ……。
「……悪いとも思ったけど、どうしても気になったからお前のことを少し調べさせてもらったよ。犬神の惚れこみようといい、なかやんのことも心配だし、お前は最初から得体が知れなくてうさんくさい奴だと思ってたんだ」
「……」
溝内先輩が僕のことを気に入らないことは分かった。でも、一体何の話をしようとしているんだろう。僕のことを調べたって、施設育ちだってこと以外に何があるんだろう?
「8年前、この町に住んでいたある平凡な夫婦が、一人の子どもを施設から引き取った。そして数か月後、夫は妻を殺害した」
僕に、何を聞かそうとしているんだろう。
「夫と引き取られた子供は、一週間妻の死体と一緒に普通に生活していた。死体の腐る臭いに耐えきれなかった隣人の通報で事件は発覚し、その子どもは再び施設に引き取られた」
これは……、
「でも、事件の詳細は夫が妻を殺したという自白だけで、理由については今もずっと黙秘していると書いてあった。裁判でも不利になるのに」
これは、誰の話……?
「野次馬根性というか、単純な疑問だよ。お前を引き取った男は、なんで妻を殺したんだ?それと死体と一緒に生活しててなんでお前らは平気だったんだ?…ああ、お前が事件発覚の直後に自殺しかけたのも当時の記録で知ってるよ。兄貴に教えてもらったんだけど……勿論公開はされてない。お前、事情聴取では何も覚えてないってずっと言ってたらしいな」
8年前の、
「なあ、本当は覚えてるんだろ?」
夏のこと……?
***
ミーン……ミンミンミン……
やたらと蝉の声がうるさい夏だった。聞くたびに煩わしいと思った。けど、本当に煩わしく思っていたのはいつも別のこと。
“お父さんぼくね、お母さんが嫌いなんだ……”
優しくしてもらった記憶しかないのに、僕は何故か、養母 が大嫌いだった。それはもう、目を合わせたら舌打ちしたくなるほどの嫌悪感に近いもので……。
“お母さん”は、いつか僕が邪魔になって捨てる。そう、思い込んでいた。自分はいつかまた、『母親』の手によって捨てられるのだと。
だから今度はそうならないようにする必要があった。僕はもう一人では何もできない赤ん坊ではないのだから。そして、その方法は一つしかない。
僕は、養父 に頼んだ。二人目の養父も、僕のことを好きだったから。いや、僕じゃなくても僕みたいな小学生の男の子なら誰でも好きな人だった。
既に養母のいないところでは人に言えないようなこともされていたし、既に僕の中では養父は”父親”ではなかった。自分の欲望に忠実な、ただの男だった。
それでも少しの罪悪感はあったのか、養父は僕の頼みごとは何だって聞いてくれた。
何だって。
”ぼく、お父さんと、二人だけになりたい……”
先に養父を狂わせたのは、僕の方だったのかもしれないけど。
***
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