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幸せにはなれない
*
「――おい!おい梅月っ!!しっかりしろ!!」
「……え……?」
目を開けたら、僕の見上げた先には天井があった。後頭部がズキズキする……そして、そばにはすごく心配そうな顔をしてる溝内先輩がいた。
「いきなりぶっ倒れるからびびった……保健室行くぞ」
僕、倒れたの?
「………」
「自分で起きれるか?」
頭を打ったせいで、思い出したくないことを思い出してしまった。残酷なくらい、鮮明に。
「……僕のせいで、」
「え?」
「僕のせいで、養母は養父に殺されたんだ……」
あとになって、自分がとんでもないことをしたのだと理解してひどく後悔した。まさか養父が、そこまでするとは思わなくて。
ずっと養母がいなくなればいいのにと思っていたのに、いざ目の前で死んでいるのを見たら急に怖くなって……でもやっぱり認めたくなくて、僕は気付かないフリをしたんだ。
思い込みの力というものは凄くて、僕の脳は僕の視覚も嗅覚も麻痺させたらしい。
でも、やっぱりそんな誤魔化しは長くは続かなかった。
「殺人はお前のせいだって?」
「僕が、養父に頼んだから……」
「頼んだ?」
隣のおばさんに警察に通報された時は正直ほっとした。けど、どうしたらいいのか分からなくて、本当のことを言えるはずもなくて、僕自身ももう死ぬしかないと思って、少し前に養父に連れてきてもらった海へ行った。けど、結局僕は助けられて死ねなかった。
「養父は、僕のために養母を殺した……」
だから僕は、自分が幸せになれないんだってことを知っていたんだ。間接的にとはいえ、養母を殺した僕は幸せになんかなれないと、なったらいけないんだと。
その意識だけはずっと心の奥に残っていて、どうしても忘れられなかった。だから梅月先生が相手でも、もう前みたいに素直に懐くことはできなかった。早く園を出て、一人になりかった。そして誰にも気付かれずに死にたかった。
最初から僕は運命を全うすべきだったんだ。産まれたとき、駅のコインロッカーの中で。
「梅月……」
「お兄さんやお父さんに、話してもいいですよ……」
今更警察に捕まっても、もう遅いだろうか。
……それから僕は写楽に会って、恋に落ちて。好きだって言ったら好きだって返してくれて。たくさん、たくさん愛されて。少しの間だけ、死にたいと思ってたことを忘れられた。ううん、どうせ死ぬなら彼に殺されたいと思った。そしたらどんなに幸せだろうって……。
ずっと忘れていたくせに、勝手だよね。
あの黒い影は僕を恨んでいて、ずっと僕のそばから離れなかったというのに、僕はその存在にはちっとも気付かないで、写楽の隣でのんきに笑っていた。僕がこんなに汚れていることを知ったら、写楽は僕のことを嫌いになるかな。
……それは、当然か。
写楽の同情を買って写楽の側にいる、本当に僕は最低な人間だ。
「……やっぱり犬神、呼んでくるから。待ってろ」
そう言って、溝内先輩は床に寝転がったままの僕を残して教室を出て行った。
なんで涙が出るのかな。泣く資格なんか僕にはないはずなのに、一体何が悲しいんだろう。
いつかは誰かにばれると思っていた僕の罪、それが今日だった。ただそれだけ。
それだけだ。
「……頭、痛いなぁ……」
僕はよく後頭部をぶつけるみたいだ。以前バイトリーダーの高木さんにやられた傷は完全に治ったはずなのに、ズキズキする。
溝内先輩、写楽のこと呼んでくるって言ってたなぁ。でも、今の僕には合わす顔なんてない。というか、もうずっと無い……。
写楽が来る前に、行かなくちゃ。
……………どこへ?
分からないけど、とにかくどこかへ行かなきゃ。
もう、僕は誰にも会いたくないんだ。
誰にも……。
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