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写楽、看護師に脅される
溝内の言葉を聞いていた舎弟の誰かが救急車を呼ぶと、 10分後に救急車が来て遊は救急指定の病院へと運ばれた。
付いて行ったのは当然俺と、俺が『てめぇも来い』と言った溝内。他の奴らには遊の担任への報告と、梅月園への連絡を頼んだ。
溝内はちゃっかりと自分の担任への報告も頼んでいたが、多分あいつらは無視するだろう。3年に義理なんかないし。
しかも、遊がブッ倒れる原因を作った相手になんか……。
病院に着いても意識が戻らない遊は、すぐにCTだのMRIだの検査室へと運ばれて行った。俺と溝内は病院のロビーで検査が終わるまで待機するつもりだったが、遊の担任と保護者が来たら君たちは帰りなさい、と看護師に言われた。でも俺は帰るつもりは無かった。
「……おい溝内、どういうことだよ。昼休みに遊を呼び出しやがったのは、担任じゃなくてテメェか」
「ああ」
「ああ、じゃねぇよ!遊を呼び出した目的はなんなんだよ!」
「あんまり大きな声出すと追い出されるぞ」
「……ッ!」
ふと周りを見たら、俺は検査待機している患者やそこら辺をうろついている入院患者に睨まれていた。それと、さっき俺たちに保護者が来たら帰れと言った看護師にも。
「アンタたち、ケンカするなら警察呼ぶわよ?どうせよってたかってあの子をイジメてたんでしょう!あんな小さい子を……可哀想に」
「はあ!?ちげーよ!俺はあいつのご……ダチだ!」
勢いで、『ご主人様』って言おうとした。危ねぇ……。
「俺はその場に居合わせただけです」
しれっとした顔で溝内が言う。マジでこいつ、このまま入院させてやろうか。
「まあなんでもいいけど、先生や保護者の方が来るまでは大人しくしててちょうだい!他の患者さんにも迷惑だし、これ以上騒ぐなら出てってもらうか、鎮静剤打って眠らせるわよ!」
「こわっ!すいませーん」
鎮静剤って……うちのババアがよく打たれてるやつか。不良に対する看護師の脅し文句らしいが、普通に恐い。
そして、その看護師が処置室に戻っていったのを見計らって俺は再び溝内に訊いた。
「……で?俺に黙って遊を呼び出した理由は何だよ。まさか遊を中山と会わせようとしたんじゃねぇだろうな。もしくはリンチ目的」
「はぁ?誰がなかやんの恋に協力なんかするか。いや、相手が女なら協力するけどさ……。男なんか論外だよ。俺はなかやんには幸せになって貰いたいんだから」
「相手が女じゃねーと幸せにはなれねーってか?ハッ、てめぇの理想だけで語ってんじゃねぇよ。中山は女より男が好きなのかもしんねぇだろ。……つか、絶対そうだろ」
「はぁ……、今までは普通に女のケツ追っかけてたのに。お前といいなかやんといい、マジで梅月って何者なんだよ。俺にはただのクソだせぇチビにしか見えないんだけど」
溝内の言い草に、俺はチッと舌打ちをした……最初は俺も、そう思っていたから。勿論中山だって同じだと思う
けど、
『犬神くん……』
初めからまっすぐに俺だけを見つめていて、ペットになれという最低な要求を嫌がりもせず、そして脇目もふらずに『ご主人様』と慕ってくるその姿を見て、俺はいつの間にか遊に惹かれていたんだ。
それと、
『……いつか僕を、殺して欲しい……』
垣間見せる遊の切なげな顔に当てられて、俺の方が遊から離れられなくなった。
「……お前に黙って梅月を呼び出したのは、多分あいつがお前に聞かれたくない話をするためだった」
「俺に聞かれたくない話?なんだよそれ」
なんでそんな話を溝内が遊にするんだよ。しかも俺に知られたくない話って……
「別に、ただの俺の興味本位。俺、気になることは放っておけないタチだからさ。幸い家族のコネで大概のことは知れるし。なんで梅月が養護施設に入ってるんだろうとか……」
「そんなの調べてどうすんだよ。最低な野次馬根性だな……まさか俺のことも調べたのか?」
どうして犬神グループの御曹司の俺が、こんな底辺の不良高校にいるのかっていう。
「あー、それはお前んちのガードが固すぎて無理だった。教えてくれるなら聞くけど、まぁどうせお金持ちのやんごとない理由なんだろ?つまるところ、お家騒動かなんか。御曹司のくせにこんなとこにいる時点で、庶民には色々察しがつくよ」
「……ケッ」
ムカつくけど、それはその通りだった。
「梅月の方は……まあ、調べられたけど……不可解なことが多すぎて。だから直接呼び出して聞くことにしたんだ。あいつ忘れてるみたいだったし、いきなり目の前でぶっ倒られてびびったけど……」
「忘れてるみたいだった?」
――まさか、
「あまりにもショックなことがあると、自己防衛が働いて記憶を忘れるっていうだろ?梅月はまさにそれだったんだよ。でも……」
『僕は……人殺しなんだ……』
「頭を打ったショックで、思い出した……?」
「多分な。僕のせいで母親が死んだ、とか言ってたから」
「………!」
俺は勢いよくソファーベンチから立ち上がって、そのまま溝内の襟元をググッと掴みあげた。座っている溝内の身体が軽く持ち上がるくらいの力で。
「ゥグッ……!俺だって、悪いとは思ってるんだよ……!でも……ッ」
でももクソもねぇ……入院どころか、こいつを今すぐ殺してやりたい。
そしたら遊は、もう自分のことを汚いだなんて思わなくなるだろうか?
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