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君は安定剤

今度はスヤスヤと眠っている遊の横で、俺は医者に二、三個質問をされた。 それは世間話のように些細なもので、別に俺や遊を責めるようなものではなかった。 「梅月くんの保護者さんに少しだけ事情を聞いたんだけど、彼はカウンセリングは受けたことはあるのかな」 「そこまでは……俺も聞いてません」 「そっか。彼は幼少期のことがひどくトラウマになっているみたいだから、是非勧めたいところなんだけど……」 「………」 そんなものを受けて遊が少しでも楽になるのなら、俺だって勧める。 「……でも、彼には必要ないのかな」 「え?」 「君が、彼の安定剤みたいだから。わざわざ注射を打たなくても大丈夫だったかもね」 「……………」 医者がそう言ったのは、遊が意識を失ってもなお俺の服の一部から絶対に手を離さないからなんだろう。少し恥ずかしいけど、嬉しい。 「君は、彼の恋人なの?」 「はい」 俺は、遊のサラサラの髪をそっと撫でた。ついでに涙で濡れた赤い頬にも触れて、その体温を確かめた。 「……青春だねぇ」 そう意味不明なことを言って、医者は病室から出て行った。残された若い看護師は顔を真っ赤にしていて、 「と、泊まるなら簡易ベッド用意しまふから!」 と、少し噛んで言った。 俺は、寝る前に梅月先生に電話をした。遊は一度目を覚ましたけど、ひどく興奮していて鎮痛剤を打たれたこと。そして、再び寝てしまったことなど。 遊がカウンセリングを受けたかどうかは、確認しなかった。 『……そう。じゃあ写楽くん、遊のこと……』 「はい、一緒にいます」 『ありがとう、……おやすみなさい』 「おやすみなさい」 遊以外の人間に対してはほとんど言うことのない言葉だ、『おやすみなさい』なんて。 俺は立ったままで、遊の柔らかな前髪をそっと弄る。 「……おまえは幸せだよ、遊。早く梅月先生の愛情にも気付いて、応えてやれよな」 簡易ベッドを用意されたけど、俺はそれには寝ず、またいつかのように遊のベッドに潜り込んだ。今度は怖い夢は見させないよう、抱きしめて寝る。効果のほどは分からないけど。 「……おやすみ、遊」 寝たままで、触れられるところ――額や頬、瞼、唇に順番にキスをしながら、俺は抱き枕のように遊を抱きしめて目を閉じた。

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