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ケーキの感想

腕時計を見たら、もう8時を回っていた。 「少し腹減ったな……。なんか食ってから帰るか?」 「もうちょっと見てたいよー」 座って見るならいいけど、正直俺は少し歩き疲れていた。だから、まだここに居たがる遊を大好きなアレで釣ることにした。 「……今行くなら、すっげぇでかいツリーが飾ってるホテルに連れてってやるけど」 「え、ほんと!?行く!」 「よし。じゃあ頑張ってタクシー捕まえろよ」 「歩いて行かないの!?」 「俺は疲れたんだよ」 駅まで歩くのもかったるいし、金はカードもあるからどうにでもなる。遊はタクシーと聞いて少し焦った顔をしたけど、贅沢できるのもあと一年かもしれないからな。 結局タクシーを停めたのは俺で、中学の時に何度かオヤジに連れられて行ったことのある都内の高級ホテルへと向かった。明らかに高校生の俺たちと行き先の不釣り合いさに運転手は怪訝な顔をしたけど、特に何も言わずに俺たちをホテルまで送り届けてくれた。支払いは、カードで済ませた。 「ふわああああ!!」 正面入り口を入ったら目の前にあるどデカく派手なクリスマスツリーに、遊は開いた口が塞がらない、と言った感じだ。 「おい遊、こっちだ」 「は、はい!!」 ここなら部屋も空いてるかもしれないけど、今日は家に帰ることにしたから部屋は取らない。代わりにロビーのカフェでケーキを食うことにした。……クリスマスだしな。 遊はクリスマスツリーを眺めながらケーキを食って、「美味しすぎて味が分からない!」とかよくわからないことを言っていた。 俺も、今まではなんとも思ったことはないけど、遊と一緒なら公園のイルミネーションも、ホテルのクリスマスツリーも、初めて凄く綺麗なものに思えた。 クリスマスマジックというか、遊マジックだな。恥ずかしいから絶対口には出さないけど。 ふと周りを見渡すと、俺たち以外は小綺麗な恰好をした大人だらけで、ラフな格好をしている俺たちは明らかに子どもで浮いていた。 隣のテーブルに座るサラリーマン風の男からは、『まだガキの癖にこんなとこに来やがって』と言った差別的な視線も感じる。気持ちは分かるけど。 でも俺が犬神グループ総裁の息子だと知ったら、このサラリーマンもホテルマンも態度が180度変わるんだろうな。 そう思ったらなんだか余裕で笑えた。 俺の将来はそんな年上の大人達を部下に従える予定だった。自分が世界で一番偉いような顔をして……。 高校も別のところへ行って、そしたら遊と会うことも無かっただろう。俺の目の前でリンゴのケーキを美味しそうに頬張っている、無邪気な遊。 「味が分かってきた!すっごく美味しい」 こんなところでも全然周りを気にしない遊に、俺はだいぶ救われていた。そして何故か、昔のことを思い出していた。 決して俺自身は愛されてはいなかったけど、オヤジやクソババア、その他使用人たちの期待を一身に浴びていて、それが自分の存在理由だと信じて疑わず勉強ばかりしていて、結局それが生きる原動力になっていたことを……。 「……写楽?」 「あ、なんでもねぇ」 「ケーキいらないならちょうだい?」 「食えよ」 なんとも能天気な遊の言葉に苦笑しながら、遊の方にケーキの皿をスライドさせた。そして空になった遊の皿を俺の方へと寄せる。 「え、ホントにいいの?お腹すいてない?」 「お前んちで結構食ったからいい。それに、俺の真のデザートはお前だし」 「っ……!」 気障な言葉をかけてやれば、すぐに顔を真っ赤にする遊。相変わらず、呆れるくらい俺のことが好きなんだってことが分かる。言葉でも示して貰っているけど。 ……俺にはそれが、とても安心するんだ。

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