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父の話②
あまりの衝撃に、すぐに声が出せなかった。伊織が生まれたから俺はこの家で要らない存在になって、今まで頑張ってきたことや我慢してきたことを全部否定された気になって、オヤジにも謝られて、もう何もかもどうでもいいやって、2年間自暴自棄に生きてきて……。
なのに今更、本当の跡取りは俺だって言われても、そんなふざけたことが受け入れらるわけがない。
「……っ」
俺が何も話さないでいると、いつの間にか矛先は遊に向いていた。
「……梅月くんが写楽に話さなかったのは、伊織を思ってのことなのかな?小さいのに努力している伊織を否定するのは可哀想だから。それとも、写楽が自分から離れていくのが嫌だったからかな」
「ち……違います!跡取りとか、そういうことじゃなくって……本当は伊織くんたちと血が繋がってないって写楽が知ったら、悲しむと思ったから……だから……」
言えませんでした、と蚊の鳴くような声で遊が言った。
「……」
そうか、それでこいつしばらく様子がおかしかったのか……知ったのは偶然にせよ、俺のことなのに一人で悩ませてしまって悪かったな、と思った。
俺は、心を落ち着かせるために小さく深呼吸をした。
「それで、どうして今さらそんなことを言いだしやがった?最初から俺を二年間遊ばせておいて、その上でこうやって迎えに来る気だったのかよ」
「察しがいいな、その通りだよ」
「ふざっけんじゃねぇ!俺はてめーの人形でもなんでもねぇぞ!!誰が今更てめーの言うことなんざ聞くか。親子の縁なんてとうに切れてっし、俺はいつだってここを出ていく覚悟はある、そしてこいつと生きていく」
そう言って、グイっと遊を引っ張って腕の中に抱きしめた。オヤジに何か言われたところで、俺は遊と離れないと決めたのだから。
オヤジは、そんな俺たちを見てにこやかに笑った。それはとても、不気味な笑みだった。
「梅月くん。私は君にとても感謝してるんだ。たった半年の間だけど、君のおかげで写楽に悪い虫が付かずに済んだからね」
「虫?」
遊はキョトンとした顔で反応した。
「女遊びはいけない、妊娠させてしまうからね。勿論、写楽には将来女性と結婚してもらうけれど、それは然るべき家柄の女性とだ。写楽の素性を知った上でタカリ目的に近付いてくるような庶民の女では、犬神家の名に傷がつく」
その言葉に、俺はカッとなった。
「それはてめぇがやらかしたことだろ!!俺を産んだのはてめぇが言う庶民のタカリ女じゃねぇのか!!なのにのうのうと、えらそうなことぬかしてんじゃねぇよ!!」
「写楽……」
遊が、俺の服をぎゅっと握った。俺が恐いのか、俺を止めたいのかは分からない。オヤジは俺の言葉を聞いて少し苦い顔をした。
「……写楽、君の母親は決して庶民ではないよ。それなりの家のお嬢さんで、私と真面目に恋に落ちたんだ。玲華とは政略結婚で、愛はなかった。なのに子どものために不妊治療までしなきゃいけなかったなんて、私の苦痛がどれほどだったか分かるか?」
「それはババアの方が苦痛だったんじゃねぇのかよ!?愛の無い男のために不妊治療なんてさせられて!!それで頭がおかしくなっちまったんじゃねぇのかよ!!」
なんで俺があのババアの味方みたいなこと言わなきゃなんねぇんだよ!胸糞悪ィ!
「違うな。玲華の方も私に愛など無かったが、彼女はとにかく子供が欲しかったんだ。自分が犬神家の当主の妻であるという、既成事実としてのな。だから彼女が執着しているのは子どもではなく、家なんだよ」
「……っ!」
それは、なんとなく分かるような気がした。だってあのババアが可愛がるのは跡取りである伊織だけで、華乃子のことは――……。
「彼女はもう妊娠できれば相手は誰でもいいと思ったんだろう。そこまで、既に病んでいた。けど、ああなっていたのは私に会う前からだったよ。彼女の実家もそれなりだから既に洗脳でもされていたんだろう。浮気の相手が小山だったのには少々驚いたが、伊織たちが生まれた後にすぐにDNA検査をして私の子供達ではないことは分かっていた。大体、私には身に覚えがないからね」
淡々と話すオヤジに殺意を覚える。けど今俺の腕の中には遊がいるから、なんとか落ち着いて聞けているんだろう。遊は身動き一つせずにじっと俺に抱かれたまま、オヤジの話を聞いていた。
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