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父の話③

 そして俺は、ある一つの疑問を投げた。 「俺を産んだ女とてめぇの間に愛があったっていうんなら……なんで女は、金と引き換えに俺を捨てたんだよ……」  こんな家にひとり残されるくらいなら、俺を少しでも大事に想ってくれていたのなら、俺は母親の方と一緒に居たかった。……そんなの、当たり前だ。 「それは大人の事情ってやつだよ。お前ももう少し大人になったら分かるだろう。でも、これだけは言っておく。彼女はお前を手放したくないと言って泣いていた。どうにもならなかったけどね……。勿論、私にもどうすることもできなかった。できていたら、とっくに玲華と離婚して彼女と結婚していたさ」 「……!」  初めて聞いた、そんなこと。実の母親のことは、クソババアの口から悪口しか聞いていなかったから……金で俺を売ったとか、そういうことを。 「伊織と華乃子を私の子供として認知したのも、お前や玲華を2年間欺いていたのも、全て今こうやってお前を迎えに来るためだったんだよ、写楽。色々と水面下での準備が必要だったんだ」  でも、 「そんなの、納得できるか…っ」  今更父親ヅラされても嬉しくともなんともないし、虫唾が走るばかりだ。 「今すぐに納得してもらおうとは思っていないよ。徐々に私が二年間何をしていたかが分かってくるだろう。いずれ私は玲華とも離婚するし、伊織と華乃子は小山に引き取ってもらう予定だ」 「は?」  なん、だと? 「当たり前だろう。私はこれ以上、他人の子に金を掛ける気はない」 「てめぇ、ふざけたことばっか言ってんじゃねぇぞ!伊織も華乃子も被害者みてぇなもんじゃねぇか!!」 「違うな。あの子たちは玲華と小山が身勝手な欲望の末に勝手に作ったんだ。小山にはとりあえず多額の慰謝料を請求しない代わり、お前のことを色々と報告してもらっていたんだよ」  だから、遊のことも知っていたのか……まさか小山がオヤジのスパイだったなんて、良くしていてくれた分軽くショックだ……。 「この間、梅月くんに玲華との関係がバレたと言っていた。だから、もうお前にもとっくに伝わったかと思ってこうして迎えにきたんだよ。まだ知らなかったのは私の方が驚いた」 「……」 「そんなわけだから、お前たちは今日限りで別れなさい。男同士なんて、楽しくて趣味の悪い遊びは終わりだ」 「遊び……?」 「どう見ても遊びだろう、子を成せるワケでもあるまいし。思春期にはよくある、気の迷いだよ。いや、若気の至りとでも言うべきかな。梅月くんが女性だったなら、私も鬼じゃないから少しは考えてあげたけど。親も居ないということだし、然るべき家に養子に貰えたらの話だが」 「……っ」  でも、遊は女じゃない。つまりそれは、物分りのいいことを言っていても認める可能性は最初からゼロだと言うことだ。 「二人とも、将来をちゃんと考えているわけでもあるまい。どうせどうにかなると思って一緒にいただけだろう?残念だけどね写楽、お前はどうにもならない立場で生まれてきた。家を出て適当な大学に進学する気でいたようだけど、その金は一体誰が出すと思っているんだ?」 「……ッ」  そのことについて、俺は何も言い返せなかった。 「梅月くん、君なら分かるだろう?自分が写楽と一緒にいるべき人間ではないと」 「僕、は……」 「ペットならまだ分かるよ。けど、恋人になりたいなんて、少しおこがましかったね」 「……っ」 「まあいい。そんな甘っちょろい関係も今日限りで終わりなんだ。梅月くん、君は梅月園に帰りなさい。そして二度とうちの敷居を跨ぐことは許されないということを覚えておくんだ。……ああ、今日までのバイト代は私が写楽の代わりに振り込んでおくから安心しなさい。振込先は梅月園でいいのかな」 「そんなのっ……むぐっ!」  俺は、何かを言おうとした遊の口を抑えた。きっと、金なんかどうでもいいと言おうとしたんだろうけど、こいつがオヤジに何かを言ったって無駄だ。口で勝てるわけもない。ただ、無駄に傷つくだけだと分かっているから……だから俺が、代わりに言った。 「俺は、てめぇの言う通りになんかならない」 「ほう?」 「俺が捨てるのはコイツじゃなくて、家の方だ」  大学なんか行かなくていい。これからは自分で働いて、自立した生活を送ってやる。遊と一緒に。 「じゃあ写楽、お前はこれからも幼い伊織に自分の代わりをさせる気なんだな?今はまだ分からないだろうが、私はあの子たちが大きくなったら真実を伝えるつもりでいるよ」 「伊織と華乃子も、俺がなんとかしてやる!」  ガキ二人の面倒くらい、見れる! 「ハッ、馬鹿なことを。お前に何が出来るんだ?お前はカネと家名がないと何もできない存在なんだよ、写楽。そういう風に育てたからね」 「んなことねぇッ」  つーか、オヤジに育てられた覚えなんかねぇし!  俺を育ててくれたのは……  くれた、のは…… 「お前は私の金で育てた、それは間違いじゃない。進学せずに働くとか思っているんだろうけど、自由に使える金のない暮らしにお前が耐えられるものか」 「……ッ」 「話は以上だ。三日後、また迎えに来るから出国の準備をしておくように。逃げようとしても、無駄だからな」  そして、オヤジと側近は俺の部屋を後にしていった。 「写楽……」  俺はハッとして、腕の中の遊を確かめた。 「遊!大丈夫か?」  大丈夫なわけがないのは分かっていたけど。遊はただ蒼い顔をして、俺の腕の中で静かに震えていた。

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