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3羽

シャルルはソルシエールの向かい側にある年季の入ったアパートメントへと入っていき、階段を数階分上がると立て付けの悪い木のドアを開けて中へと入っていった。 簡易的なキッチンにテーブルセット、暖炉と古びた小型の箪笥。それに、一人用のベッド。それだけで部屋は半分以上埋まっているその部屋はカミラがシャルルのために用意した住居だった。 「ただいま」 ドアを締めると同時に、シャルルは部屋にいるであろう“あの子”に声をかけた。だが、期待していた返事が帰ってこない事にシャルルの心臓は早鐘打つ。慌てて、短い廊下を突っ切り“あの子”がいるであろうベッドへと駆け寄る。 「なんだ、寝てるだけか」 ベッドで寝息をたてていた“あの子”を見て早鐘を打っていた心臓は一気に正常な心拍数へと戻った。床に座り込み、寝ている“あの子”の前髪を起こさないように梳く。 「びっくりさせないでよ、ノア」 その声は慈愛に満ちた声で、シャルルのノアを見る瞳も優しい。 ノア・ローラン。ローランという性でわかるようにシャルルの弟だった。 父譲りの烏の濡れ羽色の青がかった黒い髪色を持つ兄とは違い、太陽の光を宿したような金色の髪は母譲りであり、何よりも美しい色だとシャルルは思っていた。否、ノアの全てが美しいとシャルルは心の底から思っている。まるで神様が丹精込めて作り磨き上げた彫刻品のようだと。そんな彫刻品のように美しい顔を心行くまで眺めるとシャルルは立ち上がり、簡易キッチンへと足を運んだ。 「さてと、ノアが起きる前に夕飯の準備をしないとね」 冷暗所に保管されていた牛乳とパンを取り出し薪に火をつけ、小鍋に牛乳を注ぎ蓋をする。数分経って沸騰してきたところで牛乳を器に移してからパンを一口大に切って牛乳の中に落とせば簡易的ではあるが夕食の完成だった。 薪の火を消して二人分の器をテーブルの上に置くと、ノアの寝ているベッドへと歩み寄る。 安らかな寝息を立てている弟を起こすのは忍びないが、起きなければせっかく作った夕飯が冷めてしまう。心を鬼にしてノアを優しく揺さぶった。 「ノア、起きて。ご飯できたよ」 優しく声をかけ、夢の世界からの覚醒を促せば、夢の世界へと旅立っていた弟が微かな呻き声をあげながらも徐々に現実世界に戻ってきた。 完全に瞳の中にシャルルを入れたノアは蕩けるような笑顔を兄に向ける。 「おかえりなさい。お兄ちゃん」 「うん、ただいま。」 シャルルは2度目の帰宅時の挨拶をして、寝起きで溶けている目尻に軽いキスをした。 「冷めないうちにごはん食べよう」 頷いたノアを支えながら椅子に座らせ落ち着いたと思った途端、コホコホとノアが咳き込んだ。 「大丈夫か?」 「大丈夫だよ。寝てたから少し口の中が乾燥してただけだよ」 兄を心配させまいと目尻を垂れさせてノアは笑う。シャルルはそうかとだけ返して、ノアの向かい側のイスに座った。 「お腹ペコペコだよ」 ノアはスプーンで掬い取った牛乳の仄かに甘い味に目尻を、牛乳に浸されたことで舌だけでも噛みきれる程に柔らかくなったパンに口元を緩める。 美味しいと体中で表現してくれる弟にシャルルは口元を緩めて自分も食べ始める。 「お兄ちゃん、明日からお仕事なんでしょう?僕は全然平気だから、心配しないでね」 牛乳を口に運びながらノアは何でもない風に言う。それを聞いたシャルルは口に運びかけていたスプーンを食器に戻す。 「俺は無理だよ。ノアと五日間も離れ離れになるなんて耐えられない」 レモンを絞るように発せられた言葉は、掠れていた。ノアは同じくスプーンを食器に戻してシャルルに笑いかける。 「僕もお兄ちゃんと五日間も会えなくなるのは寂しいよ。でも、我慢できる。だってお兄ちゃんは必ず僕の所へ帰ってくるって知ってるから」 「俺の帰る場所はノアの所だけだよ」 キラキラ輝く表通りのゴミを全て押し付け押し込まれたような一画に住むシャルルにとってノアは安心して帰れる家だった。暖かく迎えてくれるノアの元へと帰ることだけがシャルルにとって生きる希望だった。 シャルルはノアのために生きていた。

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