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14羽
「お兄ちゃんは人に愛される事が嫌いだから」
週に二度許された面会の一度目、ノアは用意された茶菓子を口に含みながらそう笑った。その言葉に眉根を顰めながらもシャルルは紅茶を啜った。
「お前に愛される事は大好きだ」
「僕もお兄ちゃんに愛されることが一番の幸せ」
ゴクンと茶菓子を飲み込んでノアは笑う。そして、真剣な目をしてシャルルを見つめた。
「そして、僕はお兄ちゃんを愛してる」
──それが世界のすべてだ。
「それだけは決して忘れないでね」
ニコリと月が翳るように笑うノアを見て、シャルルはゴクリと唾を飲み込んだ。
以前住んでたボロアパートを何個置いて尚もあまりそうな広い部屋の大部分を占拠してるベッドの上でうとうとしていたら、お待ちください!!と大声で誰かを静止する声が聞こえてシャルルは起き上がる。
「ベータのくせに!!」
怒りの声のまま、いの一番に扉のそばに置いてあった宝石が入った箱を投げつけられノアは咄嗟に腕で顔を庇う。ジャラジャラと音を立ててシーツの上に空中で散らばっだ宝石たちが落ちていく。
春が終わり夏の訪れ待っていた新緑のような髪色と目をした見目麗しい男性が怒りを引き連れて立っていた。ずんずん、と音を立てこちらへ向かってくる。
「僕はオメガでアトラス様の番なの!ラストライオス家の血筋を唯一紡げる存在だ!!なのに!!なのに!!」
歩きながらもそこら中のもを散らかして向かってくる人物に片側の広角を上げて嘲笑う。
「その唯一の番が使い物にならなかったから、僕におはちが回ってきたんでしょ?」
口喧嘩なら負けるつもりはなかった。ヘドロを啜って生きてきた人生だ。どれだけ罵られて生きて来たと思っている。くだらない人間共にどれだけ搾取されて生きてきたか。まぁ、そんなのは目の前のオメガ様には関係ないことだけど。
「発情してアトラス王をさそったらいい。獣みたいな醜いまぐわいをして子をなせばいい。それさえできないからアンタは捨てられたんだ」
口から発せられたその言葉は遠い過去自分自身が言われたことだった。シャルル・ローランは娼夫だ。淫らでふしだらな汚い淫売。そこに大義も何もない。なるべくしてなった。それだけだ。
銃砲のような乾いた音が部屋に響く。口内に血の味が蔓延する。目の前には今にもこぼれ落ちそうな雫を従えている新緑の瞳。
───羨ましい、素直にそう思った。
侮蔑されて反抗できる。その綺麗さが心底羨ましい。あぁ、自分も侮辱されて耐えるんじゃなくて、殴りたかったな。やはりそれも、目の前のオメガ様には関係ないことだけど。
「かわいそうな人」
腕を伸ばして、新緑に浮かぶ朝露を拭う。そのまま数度、慰めるように撫でる。
「……ろ」
声が掠れて語尾しか聞こえない。もう一度撫でる。
「……めろ」
更にもう一度──。
「……やめろ!!」
腕ごと強い力で跳ねられてベッドへと落ちる。見つめ合ったままの新緑の瞳には様々な感情が混じり合っていた。
知っていた。こうやって慰められることが僕らにとっては一番堪えることに。
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