23 / 30

18羽

それは、三文小説にもならないよくある話だ。 ノアは自分の父親を知らずに今まで生きてきた。父親の姿形は兄や亡き母から教えてもらった事はあるけれど。その姿形は兄と瓜ふたつらしい。母は事ある事に兄に、あなたはあの人にそっくりよと笑っていた。母は没落したベータ名家の生き残りで穏やかでお淑やかな女性だった。ピアノが得意でいつも弾いていた。 そんな二人は兄が生まれて物心つくまではごく普通の幸せな家庭を構築していたらしい。それが、ノアがお腹の中にできた途端何も言わずに二人を置いて父が出ていったのだ。一家の大黒柱を失った母は子供を育てるためにソルシエールで働くことになった。幸せだった家庭から転び落ちて尚、母は美しかった。優しくて、料理が美味しくて、ピアノが上手な子供愛する事を躊躇わない素晴らしい母親だった。  ーーー私の宝物。 そう言ってシャルルとノアをいつも抱きしめてくれた。 それでも場末の売春婦だ。母は娼婦に多い病気でみるみる内に体調を崩し、1ヶ月も経たない内に息を引き取った。 ───ノアだけは幸せにするから。 兄が母の墓石の前でそう誓っていたのをノアは聴いていた。その時の浮かんだ感情は今でも心臓にへばりついていた。 ───嬉しい。これで、お兄ちゃんと二人きりだ。 そう思ってしまったのだ。 泥のように重く汚いその感情を抱えながらノアはいつもシャルルと共にいた。 「ノア様、肌寒くなってまいりましたのでお部屋の方に戻られた方が宜しいかと」 後ろから声をかけられる。振りかえずとも分かるチャーリーだ。 「ねぇ、貴方はなぜアトラス様の側にお使えすることを選んだの?」 振り返ることなくノアはチャーリーに問いかける。 「アトラス様がアトラス様だからです」 自分でした質問の答えを聞いてノアは紅茶に映った自身をただ見つめていた。

ともだちにシェアしよう!