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第3話

「お前はもう上がっていい。家村、この後もう一件送ってくれ」  本日の業務が終わり、部屋で明日のスケジュールを秘書から聞いた後、俺はそう二人に声を掛ける。  秘書は俺に一礼すると『お疲れ様でした』と言い部屋を出て行く。 「どちらまで?」  俺から残業を言い渡された家村だったが、嫌な顔一つせずにニコリと目的地を聞いてくる。 「〇〇ホテル」 「〇〇ホテル? 今からそこで仕事ですか?」 「……………、黙って連れて行けば良いんだよ」  突っ込んで聞いてくる家村に、俺は嫌そうな顔を向けながら答えると、途端にニヘッと口角を上げながら 「了解です。すぐに車を回して来ます」  俺に一瞥すると奴はすぐに部屋から出て行く。  俺も持ち帰れる仕事の資料を鞄へ入れ込み部屋を後にして下へ向かうと、数分会社の入口で足を止めていれば、車止めのところに黒塗りの車が一台俺の前に停まった。  運転席から出てきた家村は、俺のために後部座席のドアを開けて天井をいつものように手で押さえ、俺は開けられたドアからシートに滑るように乗り込みジャケットからスマホを取り出す。 『これから出ます』  たった一言、相手にラインすると俺は車の窓に額をあて流れ出した外の景色を見る事も無く目で追う。  〇〇ホテルは会社の系列店舗だ。  橘は代々ホテル経営で財を成してきた。初代橘は貿易から始めたらしいが、今ではホテル業で飯を食っている。  全国各地、果ては世界へと手を伸ばし外資系並みの高級ホテルから、ビジネスホテル、海外では旅館的な雰囲気のホテルまで。近年では弱かった国内のインバウンド需要が高まった事に加え、値段以上のサービスやイベント事が売りとなり年々国内の業績は黒字に転じている。  今日は月に何回かある兄とのミーティング。兄の都合が良い時に、ホテル指定と時間が俺のスマホに入ってくる。業務が終わり兄が指定してきたホテルへと向かい、二時間程ミーティングをするのだ。  車は目的地のホテルへと入って行き、車寄せに停まると駐車係が素早く近付いて来て後部座席のドアを開けてくれる。それと同時に家村も車のエンジンを切ろうとするので 「お前は付いて来なくていい」  後ろからそう声を掛けると、戸惑う視線がバックミラーに映る。 「え? でも……業務ですし……」  毎月何度か場所も時間も決まっていないホテルに行く俺を、これから会うのが兄とは知らない家村は、俺がどこかのDomと仕事で会うと思っている。ならばボディーガードとして付いて来るのはコイツの仕事だ。それを拒否られているのだ。戸惑って当たり前か……。 「問題無い。いつものように二時間程どこかで時間を潰して、またここで待機していろ」 「え? ……チョッ、専務!?」  それだけ言って俺は開いているドアからさっさと車を降り、背中に家村の声を聞きながらホテルの中へと入って行く。  俺はフロントを突っ切ってラインに入ってきていた部屋まで向かう。エレベーターに乗り込み最上階付近のボタンを押して上がって行く箱の中でスマホを取り出すと 『もうすぐ着きます』  とだけ文字を打ち、すぐにスマホをしまう。  ポーン。と軽い音をたてながらエレベーターが止まり、俺は指定されている部屋まで向かうと  コンコンコン。  ノックして暫くドアの前で立っていると、カチャッと鍵が開く音と共にドアが手前に引かれ兄の姿が目に飛び込んでくる。 「どうぞ」  俺がドアの前で立っている事を認識して、笑顔でドアを大きく開き兄が俺を招き入れる。俺は無言で部屋の中へと入って行き、何度か来た事のあるジュニアスイートの部屋を無意識にキョロキョロと見渡していると 「家村君は? また放っといて来たのかい?」  なんて、意地悪なのか面白がって言っているのか解らない感じで兄が聞いてくるから 「置いてきましたよ、当然。ここに来ても意味が無い……」  至極当たり前の事を返すと、兄は肩を竦めながら 「彼も私と同じ位のDomだから、お前にとっては好都合だと思うが?」  兄の言い方で、意地悪でも面白がってもいない事を解ってしまうと、俺は大きく溜め息を吐き出して 「好都合だとしても、彼には頼みませんよ」  着ているジャケットを脱ぎながら言い捨てた俺に、兄は苦笑いを浮かべながら 「まぁ、その話は追々するとして……そろそろ始めようか?」  脱いだジャケットをソファーへ投げ置いた俺を見て、兄は俺から真正面の一人がけカウチソファーに座りこちらに笑顔で手を差し出すと 「Switch」  と、呟く。

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