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第7話

 昨日の会食の件を兄に報告する為、社長室のソファーに向かい合って座り話をしている。 「ふ……ン、そうか。解った」  一通り話を聞き終えた兄は、乗り出していた上半身を背もたれの方へと倒して数秒何か考えている。  Subの給仕をあちら側が用意した事はサラリと話して仕事の話を主に喋ったが、給仕がSubだと言った時点で兄は嫌そうに眉をひそめた。 「では、そのまま進めてくれて構わない。……が、次回は無いな……」  ゆったりと腰掛けている兄は、脚を組み直しながらそう呟く。 「……………解った。じゃぁそのまま進める」  兄は俺がSwitchという事もあり、昔から会食やパーティーでSubが給仕する事を嫌う。世間一般的にみればSubを給仕に使う企業は多い。それはその場にいる役員や重要なポストにいる人達がDomの場合が多いからだ。企業側からすれば軽いおもてなし精神で支配下に置きやすいSubをこぞって給仕に採用するし、気に入ったSubがいればそのまま好きにできるメリットが双方にある。だが兄は自分の能力で勝負する企業や人が好きだし、俺がSwitchだという事でその辺は割と潔癖だと感じる。  今回の話を聞いて、会食した企業に次は無いと思っていたがどうやらその通りになりそうだ。  兄がそういう事が嫌いだと知らない企業はいないが、まさか俺までそうだと思っていなかったのだろう。今まで取り引きした企業は、兄同様俺もそうだと思って会食の際はノーマルの給仕が主だったが、今回のところは他と差別化したかったのだと思う。  話は終わったと、俺はソファーから立ち上がろうと膝に手を着いたところで兄から 「で? お前は何があったんだ?」  と、ニコリと笑顔で尋ねられる。 「は? 何、が……」 「誤魔化しは通用しないよ将臣。数日前に比べて格段に顔色が良い」  テーブルからコーヒーの入ったカップを手に持ち、一口啜りながら兄は笑顔を崩さない。俺はその顔に小さく溜め息を吐き出し 「……プレイをしたので、調子が戻りました」  Domと。とも、誰と。なんて事を言わない俺だったが、兄は驚きもせず 「家村とか? 良い事だね」  ズバリと確信を言われ、押し黙った俺に 「不本意って顔付きだね」 「………まぁ……」  言いにくそうに口の中でモゴモゴと喋る俺に、兄は面白そうに 「何が引っ掛かってる? 自分よりも家村が強いDomって事か? それともボディーガードにさせてるって事?」  ……………全部です。とは言えずに再び黙ってしまった俺を見て、兄は軽く肩を上下させると 「家村に決まった相手がいないのなら問題は無いだろう? そんなに嫌ならやはり私が誰か紹介しようか?」 「イエ……、それは」 「お前より強いDomだと、女性ではなかなか見つからない。肉体関係抜きにプレイするだけなら家村で十分だと思うが?」  兄は一度そこで喋る事を止め、俺に視線を合わせ 「それとも家村とでは仕事に支障が出る?」 「それは……無いです」 「ならば一度試してみるのも手だと思うが……あぁ、試して体調は良くなったんだよね?」 「まぁ……」 「では、それが答えでは?」  簡単に兄に言い負かされ、俺は反論する事が出来なくなってしまった。そうして兄はことさら真剣な表情を俺に向け 「将臣、お前のそのSwitch性は切っても切れない個性だ。Sub性を甘くみて何度も危険な状態になった事があるだろう?」 「………解ってます」 「イイヤ、お前は解ってないよ。Sub性を甘くみていると最悪死ぬっていう事をお前は解ってない」  脅しにも似た兄の言葉に俺はビクリと肩が震える。 「SwitchはDomやSubよりも繊細だ。それは解っているだろう? 一つのダイナミクスを持って生まれても持て余している奴が多い中で、お前は二つ。危険性が高くなる可能性も他の者より格段にある」  兄の言葉に、昨日の家村との事を思い出す。 『提案がある』  笑いながらだが、口元とは全然違う目に俺は少しだけたじろいていた。 『……、何だ?』  先程出されたコーヒーを飲んでいたばかりなのに、吐き出された返事はカスカスで喉が張り付いている感覚。 『俺と、パートナーにならないか?』  家村が提案してきた言葉に俺は驚き、目を見開く。だってそうだろう? プレイの提案なら何と無く予測は出来ていたが、それを飛び越えての話しだったからだ。 『パートナー……だと?』  家村の意図が解らず呟いた俺に奴は 『決まった相手はいないんだろ? それにそれだけ強いDom性じゃ相手も中々見つからないんじゃ無いのか?』  今の兄と同じ事を言われ、俺は家村を見詰めたまま黙る。 『お互いにとって悪い提案じゃ無いはずだ。違うか?』  俺の方に首を少し傾けながらそう言う奴は、スルリとソファーに置いていた自分の手を俺の手の上に重ねてきた。その行動に俺はビクリと体を揺らし重ねた手を引っ込めようとしたが、グッとそのまま握られてしまう。じんわりとそこから家村の熱が伝わり心臓が早鐘を打ち出す。 『……ッ、離して……くれないか?』  絞り出すように呟いた俺に、強く握った癖にすぐにパッと奴は手を離しクスッと笑うと 『すぐに返事は無理か……。まぁ、よく考えてくれ』  そう言ってまたコーヒーを飲むと立ち上がり 『ソロソロ送ろうか』  と、俺に背を向けた。 「……臣、将臣?」  昨日の事を思い出していた俺は、兄の呼びかけにハッとして視線を上げる。兄は少し訝しげに俺を見ていたが次いでは 「家村との事は最終的にはお前が決めれば良い。けれど、家村以外にするのならば早急に尚且つ信用できる相手を見付けなさい。良いね?」 「……解りました」  最もな事を言われ俺は軽く頷ずくと、重い腰を上げ社長室を後にする。

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