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第10話 R18

 本日、ホテルの新店舗がオープンするにあたり、レセプションパーティーが開催される。外資系ホテルに引けを取らないラグジュアリーさを売りに、海外セレブや国内のセレブ層をターゲットに建てたものだ。海外に比べ外資系以外で日本でこういったラグジュアリーさを強く押し出したホテルは少ない為、そこに目を付け一般的なホテルとは一線を画し、より贅沢さを極めたものを作った。  一般的な部屋も通常の価格帯に比べれば高いものにはなるが、ユッタリと寛げる空間にはこだわった家具や調度品をシンプルながらも重厚に見える形で配置し、スイートルームについては部屋の中にジムを併設し、希望すればパーソナルトレーナーが付いて指導も行ってくれるサービスがある。ある程度のクラスの部屋からはアメニティに関してもオーガニックで質の良いものを四種類取り揃え、その日の気分で好きなものを選べるようにしているし、眺望にもこだわり部屋によっては東京タワーとスカイツリーが一度に楽しめ、尚且つ外でユックリと出来るようにバルコニーも申し分無い程広く設計されている。  レセプションパーティーには多くの著名人や政治家、企業のトップを招待しマスコミ関係者も多く招いて大々的に宣伝してもらえるよう手筈は万全だ。  いつもより早目に仕事を切り上げ、パーティー用にジャケットとネクタイを変え胸ポケットにチーフを差し込み新店舗のホテルへと入って行く。着いてすぐにホテルの支配人と共にパーティー会場へと行き、流れを司会者と確認。次いでは立食のテーブル配置と料理、飲み物の確認を終え、支配人に配膳スタッフの身なりと動きについて確認を取ってもらっている間、警備担当者と警備員の配置についても確認を済ませると、一旦軽く軽食を取る。  パーティー中は主に名刺交換と会話に終始する為、食べる事よりも飲む方が多くなる。なので先に何かしら腹に入れていた方が良いのだ。俺の隣でも家村が早目の夕食を食べている。 「ユックリ食べろ。まだ時間はある」  隣で食べている奴にそう声をかけるが、こればかりは職業病なのかもう殆んど食べ終えている家村は 「解ってはいるんですけどね……」  と、伊達眼鏡を押し上げ少し苦笑いしながら答える。  残り少ない食事を口へと運ぶ奴の姿に、先週末のプレイを思い出して微かに指先が震えた。  先に一度達した俺の中から指を引き抜き、家村の手と自分の腹を汚した白濁を拭くためチェスト上にあるティッシュを何枚か引き抜いて、奴が綺麗に拭っていく。その間俺は荒い息を吐き出しながら、強い快感の余韻に浸っていたが 『ホラ、Upして。今度はコッチ』  と、後ろから肩口を掴まれグイッと上半身を前へと起こされ、俺はそのまま一度フラリとベッドへ上体を倒したが、次いでは家村の方へと体を回され向かい合う体勢になると、奴は穿いていたスウェットとボクサーを一緒くたに下へとずりおろし俺の痴態に興奮して勃起した怒張を露わにする。 『前に教えたように出来るか?』  Domのフェロモンが一層濃くなり、家村が自分のリミットを外して俺が受け入れられるのか探るように見詰めてくる。俺はその視線に射抜かれもう一度喉を鳴らすとそれが合図になったのか 『Crawl』  『四つん這いになれ』とコマンドされて、俺はユックリと上体を倒し変わりに腰を上げる。 『GoodBoy』  素直に応じた俺の背中に、奴の褒める言葉と手が伸びてスリスリと撫でられ、俺は溜め息を漏らす。そうして以前家村に教わったやり方で俺は目の前の怒張へ顔を近付ける。  鼻先まで勃起したモノが近付くと熱い吐息が漏れ出て、その息がモノへかかると目の前でビクリと震える。たったそれだけの事でも興奮しているのだと俺も奴の反応に煽られスンスンと匂いを嗅ぎながら唇を竿へ這わしチロリと唇から舌を覗かせると、そのまま竿を舌で上下に舐め始めた。 『……ッ、ㇰ……』  上下に舐めただけで奴の口から気持ち良さ気な吐息が漏れ、舌にビクビクと怒張が小刻みに震える感覚が伝わり俺も舐めながら興奮してしまう。舌を這わせながら片手で竿を掴み、もう片方は陰囊を揉みしだく。 『ハッ……気持ち、良いよ……』  素直に言葉に出して俺の頭を撫でる家村が、どんな顔で言っているのか気になり俺は視線をチラリと上へ向けると、快感に眉根を寄せ我慢している表情だが目だけは鋭く俺を見ている。頭に置かれた奴の手が頬へと落ち、スリスリと撫で俺に咥えろと示唆する。  俺は舐めていた舌を先端へ移動させ鈴口から漏れている先走りを舐め取ると、そのまま口を大きく開き亀頭をツルリと口へ含む。途端に咥えたモノがヒクンと跳ねて上顎にあたり、ゾクッと腰に鈍い感覚が広がった。 『ッ……、そのまま奥まで……』  頬を撫でていた手は俺の耳へと伸びて、もう片方も同じようにすると家村の手で耳を塞がれる。俺は言われた通りズ、ズズッと喉を開いて奥まで奴のモノを飲み込むと、嘔吐そうになる手前で頭を動かし喉から引き抜いていく。  ズチュッ、グチュッ。と鈍く厭らしい音が耳を塞がれた事によって頭に響き、より自分の口が物のように使われているみたいだと感じ、ゾゾゾッと甘い波が腰から背中へと這い上がってくる。嘔吐そうになる手前で喉奥から引き抜いていても苦しさに涙が溢れ雫が頬を濡らし、溢れた唾液は拭う事も出来ずに口の端から垂れる。 『ン゛ッ……グゥ~……、グ、ギュッ……』  喘ぎと喉が鳴る音が響き、耳を塞いでいる手に力が入って家村が俺の頭を無遠慮に動かし始めた。  …………………、きっと限界が近い。  そう解った俺は舌を上顎へ付けるようにする。すると喉が締まりギュッと圧をかけられた怒張はビクビクと痙攣した直後グワリと更に嵩を増す。 『……ッ、Look』  イク寸前、家村は俺に『見ろ』とコマンドする。俺は下げていた瞼を持ち上げ奴と視線を合わせた刹那、喉奥で奴のモノは弾け青臭い体液がドクドクと流れ落ちて、俺は自然にそれを嚥下していた。 「……務? 専務」  ボ~っと自分を見ている俺を訝しげに見つめ返しながら家村が俺を呼んでいる。俺は奴の声にハッとし 「……な、んだ?」  と、急に現実に引き戻され冷静になれば、今まで何を思い出していた……? と俺を見詰めている奴と目が合い急に気不味くなって顔を逸らす。  それをどう取ったのか家村は俺の肩口に手を置いて 「大丈夫ですか? 気分でも悪くなりました?」  と、次いでは心配するように聞いてきたので更に俺は居た堪れなくなり顔を奴の方へ向けずに 「何でも無い。食べたか? ソロソロ社長が到着するかもな……」  チラリと腕時計を見ながら椅子から立ちレストランの出入り口へ進んで行く。家村も席を立って俺の後を付いて来ながら 「本当に大丈夫ですか?」  後ろから俺の隣に並んで俺を見ようと上半身を少し屈めてくるが、俺は並ばないように更に足早に歩いて会場ヘ向かう。だが、それもエレベーターヘ乗ってしまえば狭い空間に二人という状況で……。俺よりも前に立って階数のボタンを押した奴はクルリと振り返り 「顔色は悪く無いようですけど……」  言いながらズイと俺との距離を縮めくる奴に 「だから、何も問題無い」  まさか数日前のプレイを思い出していたなんて言える訳も無く俺は素知らぬ振りを通す。だが家村は手を伸ばして不意に俺の頬へ触れると 「俺の事見てたから……もしかして何か思い出してた?」  ズバリ言われ、俺は一瞬息を呑む。その反応に家村は確信したのかニコリと笑顔を作り 「何を思い出したんです?」  なんて、突っ込んで聞いてくる。俺は奴に嫌そうな顔を向けて 「何も思い出してなどいない」  ピシャリとそう言い放つが、一向に納得しない奴は頬を撫でていた指先を顎下へと滑らせクイと俺の顔を持ち上げ 「強引に聞き出しても良いけど……」  と、言いながら顔を近付けてくるから、俺はギョッとして一歩後退る。だが、すぐに壁にぶつかり逃げ場が無くなるが、家村はそんな事気にしない素振りで更に近付いてくると奴の息が唇にあたって俺はギュッと目を閉じてしまう。  ポーン。  軽い音の後にエレベーターが止まり、俺はその機械音にバチリと両目を開ければ、両手を肩まで上げ降参のポーズをとっている家村が、口元を歪めて 「残念」  とだけ呟いてエレベーターのドアを閉まらないように手で押さえる。俺はカァッと顔に血が上る感覚を覚えながら奴の前を通り過ぎる間際に思い切り奴の靴を踏んで出てやる。 「~~~~~ッ!」  まさか俺がそんな事をするとは思っていなかった奴は暫くその場で悶えていたが、俺が無視してスタスタと会場に行ってしまうので慌てて後を追って来る。  それから数十分後招待したゲストが会場で談笑する中、司会者の進行によってレセプションパーティーが開催された。まずは司会者の挨拶。次いで兄が紹介され社長挨拶が終わり、一同シャンパンで乾杯。続いてゲストに長きにわたりうちのホテルを贔屓にして頂いている著名人の挨拶が終わって、立食パーティーが始まる。俺は兄とは離れてそれぞれお得意様の挨拶回りや企業トップとの名刺交換等をしていると、離れた場所から兄が俺にアイコンタクトを投げかけてきたので近づいて行くと 「美鈴はどうした? まだ来ていないのかい?」 「あ~……まだ商談に時間がかかっているようで……」 「そうか……来れないワケじゃ無いんだね?」 「えぇ、それは勿論」  苦笑いで兄に返事を返しているが、少し焦りは感じている。こういったパーティーでは夫婦同伴やパートナーと一緒が基本的にはセオリーだ。一応美鈴には数週間前に知らせてはいたが、今日になって少し遅れると連絡があったばかりだ。理由は美鈴のパートナーが体調不良になったとの事。了解。だけで返事を済ませるワケにはいかず、妻としての自覚は持ってくれ。と一言添えたが、パートナーを病院に連れて行ってからこちらに向かうとの事で、なんとか周りには仕事の商談がうまく切り上がらず遅れていると伝えている。  兄の奥さんは以前に比べれば大分マシにはなったらしいが、まだ妊娠中の悪阻があるらしく大事を取って本日は欠席している為、兄も俺の妻がいない事に少なからずヤキモキしているようだ。と、俺の後ろに視線を泳がせていた兄の表情が途端ににこやかになる。俺はつられるように兄の視線を追って体ごと後ろを振り返れば、会場の出入り口から上品なロングドレスを着た美鈴がこちらに歩いて来るところだった。 「もう一度美鈴を連れて挨拶に回りなさい」 「解りました」  兄は俺に耳打ちすると先に美鈴の方へと歩いて行き、二、三言葉を交わして人の波間へと消えて行く。 「将臣さん、遅れてごめんなさい」  俺に近付きながら美鈴が謝るが、どこか疲労の色がいつもより濃く出ていて 「イヤこちらは大丈夫だったが……そっちは大丈夫だったのか?」  と、美鈴の相手がそんなにも体調不良だったのかと聞き返せば 「急性虫垂炎で……炎症が酷く緊急手術でしたの……」 「は? 大丈夫なのか?」  盲腸と聞いて薬で散らせるだろうと思っていたが、予想を裏切り手術だと聞き驚く俺に 「えぇ……手術も無事終わりました。暫く入院ですが、問題はありません」 「そうか……。着いて早々悪いが、挨拶回りだけ一緒にしてもらったらすぐに帰ると良い」  パートナーが心配だろう。遅くまで付き合わせるのも気が引ける……。俺がそう言うと美鈴は柔らかく笑い 「ありがとうございます……申し訳無いですが、甘えさせて頂きますね」  そう言って俺の腕に手を絡めてくると、後ろにいる家村に視線が向き 「あら、将臣さん。警護の方変わられたんですの?」  と、途端によそ行きの表情を作ると下から上まで値踏みするように美鈴は家村を見詰め、そうして自分よりもDom性が強いと解るとすぐに興味を無くしたのか俺の方へと視線を戻す。これは美鈴の悪い癖だ。昔から相手がDomだろうがSubだろうが関係無く全ての男に対して自分より弱い奴を支配下に置きたいという欲求が美鈴にはあると思う。直接本人に確認をとった事は無いが、相手が女なら誰に対しても優しく振る舞うのに、男限定でこの癖が出てきてしまうのだ。まぁ、美鈴の家もDom至上主義の家、俺の家と近い教育がなされているはずだし、それに美鈴のところは二人姉妹。男に舐められるなと教育されれば……こういう態度になってもおかしくは無いのかも知れない。 「初めまして、家村大雅と申します」  家村は頭を深く下げ挨拶をする。そんな家村を見て、自分よりもDom性が強い相手が丁寧に挨拶をするものだから美鈴は嬉しそうに口元を綻ばせ 「ご丁寧に……。私は将臣さんの妻の美鈴と申します」 「……え?」  美鈴の台詞に家村が固まる。その態度に俺も美鈴も訝しげに奴を見るが、すぐに家村はハッとなって 「……何でも、ありません」  と、言いながら美鈴に苦笑いを向ける。彼女も奴につられながら笑顔を作り俺に再び視線を向けながら 「では将臣さん、参りましょう」  クイと絡めた腕を引かれ俺は一歩を踏み出すが、不意に後へ顔を向ければ家村は見た事も無いような表情で俺達を見詰めていた。  もう一度美鈴を連れて挨拶に回る。彼女がDomだったとしても、女性を連れて回れば俺が一人で回っていた時よりも格段に話しがし易い。それに美鈴にとってもメリットだ。彼女は彼女で自分よりもDom性が弱い相手に対して巧みにフェロモンを使い支配下に置いて話をしている。そうする事で彼女が欲しい言葉を相手に言わせているのだ。彼女も一応自分で事業をしている。美容関係の会社で成分にこだわった商品は、安くは無いが質が良いと評判でこういったパーティーでの人脈作りはどこで何があるか解らない為、名刺交換をするにはうってつけだろう。  ある程度挨拶を済ませ美鈴を見送る為にホテルを出る。車止めの所には何台かのタクシーが停まっておりその一つのドアを開けてやると 「ありがとうございます。また連絡致しますね」 「あぁ、相手にも宜しく言っておいてくれ。また何か持って行く」 「解りました、伝えておきます。家村さん、将臣さんの事頼みましたね」  彼女はタクシーに乗り込むと窓を開けて後ろの家村にそう言う。奴も声をかけられ一歩近付き 「解りました」  とだけ呟き深々とお辞儀した。  タクシーはユックリと発進し俺は踵を返すと 「行くぞ」  家村の前を通り過ぎる間際にそう呟き、スタスタと再び会場へと向かう。 「え~、皆様歓談中に失礼致します。そろそろ会場の時間も迫って参りましたのでこの辺りで閉めさせて頂きます……」  司会者が時間通りに壇上へと上がり、お開きの時間だと伝えている。兄が再びマイクを握りお礼の挨拶を言っている中、俺はホテルの支配人に最後の指示を出して会場の出入り口に立つと兄の挨拶が終わり、兄もまた俺の隣に来て会場を後にする客達に挨拶し手土産を持たせる。  最後の客を見送って隣にいる兄へ視線を向ければ、兄もまた俺を見ていて 「疲れただろう? 後の事は大丈夫だから先に上がりなさい」  優しく微笑みながら言う兄へ 「イエ、最後までいます」  と返せば兄の指が俺の頬ヘ伸び、触るか触らないかのタッチで指先が頬を掠め 「顔が真っ赤だ。相当飲んだだろう? 部屋は取ってある行きなさい」  言いながらジャケットの内ポケットからカードキーを取り出し俺に差し出してくるので、俺は自分の頬に手の甲をあて 「酔ってはいません……」  家村と過ごすようになって酒を飲む量は確かに減ったが、だからといって前後不覚になるほど意識は混濁していない。久し振りにいつもより飲んだことで顔は赤くなっているかもだが……。 「家村、将臣を部屋まで連れて行ってくれ」 「かしこまりました」  自分の言う事を聞かない俺を無視して、兄は後ろにいる家村ヘ指示を出す。家村もまた素直にその言葉に反応して軽く会釈すると、兄が差し出しているカードキーを受け取り 「専務、こちらへ」  と、片腕を伸ばし俺を誘導するような体勢になる。 「ユックリ休みなさい」 「解りました……。お先に失礼します」  ここまでされてしまえば俺が言っていい台詞はこれだけだ。俺は兄に向かってそう言いながら会釈し、家村が腕を伸ばしている方向へと歩き始める。  部屋までは家村がスムーズに誘導してくれ、兄が取っていたエグゼクティブスイートの部屋ヘ入る。スイートルームに比べ少しだけ質は劣るが、今日招待した何名かがスイートとジュニアスイートに泊まる為この部屋しか空いて無かったのだ。  一度部屋の前で待たされ、家村が一人で先に部屋へと入り異常が無いか確認した後俺を招き入れる。問題は無いと解っているが、必ずそうしろと教わっている奴は教科書通りに仕事をしているだけ。悪い事では無い。  部屋のソファーへドカリと沈み込むと深く大きな溜め息を吐き出しながら、ネクタイを緩め傍らに立っている家村に 「お前は何も飲んでないだろう? 弱いが一杯だけでも何か飲むか?」  と声をかけソファーから立ち上がり、部屋の中にあるバーカウンターへと足を向ける。 「イエ……、そろそろ戻ります」  後ろから家村の硬い声が聞こえ、俺は奴を振り返る。そうして奴の表情を見れば、美鈴と一緒にいた時に見た何とも言えない顔付きで立っていて……。  俺は小さく溜め息を吐き出しながらソファーへ戻り 「お前も泊まればいい。明日は休みだろう?」  久し振りに多く飲酒して気が大きくなっていた俺は、酒の力を借りて珍しくこちらから誘う台詞を言えば、その一言に奴は眉間に皺を寄せる。それを見て俺はその意図が解らず 「何だ? 何か言いたい事があるのか?」  と、尋ねれば一度唇を噛み締め、次いで 「……結婚、されてたんですね……」  暗く静かに家村が呟く。その言葉に俺は一瞬呆気に取られたが、すぐにクスッと笑うと 「それが何だ? 独身だとでも思ってたのか?」  ソファーの背もたれに体重をかけて、解いたネクタイをシュルリと引き抜き傍らに置く。そうしてYシャツのボタンを幾つか外してジャケットを脱いでいれば、俺の台詞に黙ったままだった家村がボソリと 「奥さんは指輪……してましたが、専務はしてないし……アンタの家だってそんな気配……」  言葉の端々にまるで俺を責めるような棘が見え隠れして、俺はフンと鼻を鳴らす。 「今時指輪をするほうが珍しいんじゃ無いか? それに一緒には住んでいないからな気配は無くて当たり前だ」  美鈴と結婚した時に一応形式として指輪は購入していた。だが俺は最初から着けるつもりも無かったし、彼女はパートナーとお揃いの指輪を嵌めている。そもそも美鈴とは結婚していると言っても互いに対して恋愛対象では無いのだ。しかもあちらは長年交際しているパートナーが既にいて、同棲している。そんな特殊な関係をいちいち家村に説明して理解してもらえるとも思えず、奴には言っていなかった。それにこれはごく個人的なプライベートな問題だ、言わなかった事に何か問題があるのだろうか?  この数ヶ月である程度家村とは信頼関係が築けている。奴との関係で挿入までには至ってはいないが体の関係込みでのプレイまでしているし、俺にとっては初めて身体的にも精神的にも預けていいと思えた相手が家村だ。  ………ただ、今まで出会った人達とは違い、初めて俺の中で恋愛対象として強く意識した相手でもある。このまま深入りして自分が自分でなくなってしまいそうな……、周りが見えなくなる事への不安からいつでも逃げ出せるように金を払っているという事実がある。卑怯だと言われてしまえばそれまでだが、俺の中でそれは保険みたいなもので……。もし何かあって駄目になったとしても、金で買った相手だと思えるように……。 「……………結婚されているのであれば……俺は不要では?」 「は?」  予想しなかった台詞が家村から飛び出し、俺は奴を凝視する。  本気でそんな事を言っているのかと暫く黙って相手の出方を見るが、無言のまま俺を見詰め返す奴の態度にそうなのだと悟り俺は口元を歪めて 「で? プレイする関係をやめるか?」  言いながらも急激に血の気が引いていく感覚を覚える。奴は何を言っている? 俺との関係を終わらせたい?  動揺していると悟られないようにユックリと喋る俺の台詞に、家村は一度視線を落として口を噤む。そうして暫く何事かを考えていたようだが、次に視線を上げればその目には何かの決意が見て取れ 「既婚者とは……プレイ出来ない」  家村もまたユックリと言葉を選びながら俺に向かって言葉を紡ぐ。その決定的な台詞に俺は冷水を浴びせられたようなショックを受けるが、グッとソファーに置いている手で拳を作り 「……金は、払っているが?」 「尚の事無理だろ……? どっちにしろ奥さんを裏切ってる事に変わりは無いんだから……それに俺の家庭環境を聞いていた貴方なら、俺がそういう事に対して敏感な事位理解出来るだろう?」  家村の台詞に俺は息を呑む。奴の母親は浮気して奴と父親を捨てた経緯がある。それに、家村が知らないうちに父親が後妻と子供を作っていた事も……。奴の立場になれば、俺との関係も自分の親がしてきた一番嫌な事をしているのと同じだろう。………だが、俺は…… 「風俗と……同じだろう?」  そうだ。やっている事はそれと同じ。買った相手に対してプレイを要求しているだけだ。それの何が悪いと言うのか?  先程まで金で買った相手と思えばいいと思った頭で、それで関係が引き伸ばせるならと真逆の事を考えている。けれど俺の言葉に家村は更に眉間の皺を深くすると 「俺はプロじゃ無い……し、金以上に気持ちの問題だろう?」  -------ドクンッ。  奴の一言に俺の鼓動が跳ねる。  『気持ちの問題』  ……………ッ、そんな事……お前に言われなくてもッ! とっくに……。  ギリィ……と奥歯を噛み締め、手の平が真っ白になりそうな程拳に力を入れる。  美鈴との関係をここで暴露してしまえば奴も考え直してくれるだろうか? だが、俺の一存で軽く言える事でも無い。言ってしまって美鈴に迷惑がかからないとどうして確信出来る? だがきっと家村の事だ、俺と美鈴の事を聞いても誰かに漏らす事は無いだろうと一方の自分は言っている。けれど、本当に百パーセント信じ切っても良いのか? と、もう一方の自分が言うのだ。  最後の最後で、長年Domとして生きてきた橘将臣の思考が邪魔して結局は…… 「そうか……、ならば好きにするといい……。やめたいならどうぞ?」  と、一度発言すれば取り消せない事も解っているのに、口からはそう言葉が滑り落ちていく。  家村もまた俺の台詞に唇を噛むが、ユックリと俺に向かってお辞儀すると 「帰ります……」  そう言い残し部屋を出て行く。  ガチャリと無機質に扉が閉まる音が部屋に響くと俺はソファーから立ち上がりバーカウンターへ足早に近付く。 「………クソッ」

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