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第14話

 病院で意識を戻した俺は、あの後もう一日入院。精密検査をして問題無いとのお墨付きをもらって退院した。意識を戻してすぐは、息もつけない程の家村からの口付けに溺れたが、タイミング悪く兄が病室のドアをノックした為、途中で止める羽目になってしまった。  兄からは俺を襲った犯人の事を聞けば、やはり以前会食をした企業の奴が関係しているとの事だ。俺を襲った理由だが、俺から会食の件を聞いた兄が相手側にクレームを入れた事で今回の事へと発展したらしい。兄は相手側に媚を売る前に正攻法で仕事をしろと……、それが無理なら次の契約は無い旨を伝えていたとか。その事で相手側が会食時に俺の態度が変だった事に勘づき、弱味を握ろうと動いて事件になったという理由だ。当初警察が来た時に相手側は白を切っていたみたいだが、俺を助けようとバンを開けた家村が助手席に座っていたノーマルの奴がスマホを俺に向けていた事に違和感を覚え、スマホの提出を求めたところ、撮っていた録画が証拠になり問題が発覚。家村も相手に対し強硬手段に出ていたものの雇い主を守ろうとしたボディーガードとしての職務を果たしたとの事で正当防衛が適応され罪には問われなかった。  まぁ、相手はナイフを出していたし……な。  俺が意識を無くしている間に兄が色々と処理を行ってくれていたお陰で、俺は後日事情聴取の為に警察署へ行く位で済んだ。  意識が無かったのは五日間。その間家村はずっと俺の側にいてくれて……。そして、事態を兄から聞いて病室に来た美鈴と話もしていた。  美鈴はこの件で俺がSwitchだという事実を知り、家村は俺と美鈴が互いの有益の為に偽装結婚している事を知る。 「疲れましたか?」  自宅マンションへ戻って来た俺は、リビングのソファーにドカリと腰を落とし、フゥと一息吐き出した。俺を自宅まで送って来た家村が俺の顔を覗き込みながらそう聞いてきて、俺はクスリと笑ってしまう。仕事では無いのに奴は俺に対して敬語だ。という事は少なからず緊張しているのだろう。俺が笑ってしまった事で、訝しげに俺を見詰める奴に 「まぁ、そうだな。ケド気分は良い」 「そうですか……、じゃぁ入院してた荷物片付けたら帰るので、ユックリ休んで下さい」  言いながら家村は入院時に必要だった諸々の荷物を詰めたバッグを手に取ると、バスルームの方へ足を向けるので 「は? ……帰るのか?」  と、尋ねる。  兄からは退院したばかりだから、明日一杯休みをもらっていて、当然俺は二人で過ごすつもりだった……。それに、家村に聞きたい事もある。 「まぁ……病み上がりですし……」 「……………、無理だぞ」 「……え?」 「……少し、話さないか?」 「………ッ」  互いに薄々、何の話しなのかは理解している。家村は俺の言葉に掴んでいたバッグから手を離して、俺同様ソファーへと腰を落ち着かせると 「何ですか?」  と、聞いてきてくれるが、膝の上で握られている手には力が入っていると解る。 「……、美鈴から俺達の事は聞いていると思うが……」 「ハイ。美鈴さんにはパートナーがいて、専務とは偽装結婚だとお聞きしました」 「そうか。……俺自身の事は、何か聞いているか?」 「専務自身の事……ですか? イヤ……それは特に、聞いてませんが……」  入院する前奴と車内で言い争った場面で、家村は俺が女も抱けるみたいな発言をしていた……。と言う事は奴の中で俺はどちらもイケるのだと思われているという事だ。まぁ、言われてみれば自分の性嗜好の話をした事は互いに一度も無かったワケで……。  俺の意識が無い時に美鈴と家村が話していた事は後日美鈴から聞いたのだが、一体彼女がどこまでどう説明したのか詳しくは聞いていなかった。 「俺と彼女……美鈴は、性嗜好が同じで……互いに同性にしかそういう欲求は無いんだ……」 「そう……なんですか?」  そう呟いた家村の反応は、今初めて知ったという感じだ。俺はその返しにコクリと頷きながら 「当初美鈴は兄の婚約者だったが……」  と、俺は事細かに美鈴と結婚した経緯を家村に説明する。その途中、途中で橘という家がどういう家なのか、俺がどう育ったのかという事を話していく。その間、家村はずっと黙って俺の話を聞いてくれていた。  一通り話し終わり下げていた目線を家村の方へとずらすと、奴はずっと俺を見詰めていたのか俺と目が合うと 「……………じゃぁ病室で、俺に言ってくれた事は本心って思って、良いって事……?」  オズオズと言った感じで確認を取ってくる奴に、俺はフッと微かに笑う。意識が戻った時、家村は俺を抱き締めながら好きだと言ってくれた。その言葉で俺も腹を括れたのだ。だから俺の気持ちも言葉として言えたし、今だって全て家村に理解して欲しいから、自分にとって不利になるような事も喋れた。 「お前も言ってくれたからな……、それで俺も言える事ができた……」  一度そこで言葉を区切り、今度は俺は自分の両手をギュッと握り締める。そうして細く息を吸い込むと真っ直ぐに家村を見据えて 「たとえお前がサブドロップに落ちた俺を浮上させる為に言ってくれた事だとしても、俺が言った事は本心だ……」 「ッ! 俺だって、アンタに言った事は嘘じゃ無いッ!」  俺の台詞に家村は少しムキになって答える。その反応に俺は内心安堵して瞼を閉じ、次いで 「それと、ずっと不思議だった事がある」  ユックリと閉じた瞼を開きながら、俺は家村に言う。 「最初にお前がプレイじゃ無く、俺にパートナーを提案したのはどうしてだ?」  そう、俺の中でずっと不思議だった事。プレイよりもワンステップ上の関係を最初から俺に提案してきたのは何故だったのか、ずっと疑問だった。  すると家村は俺の問いに一瞬キョトンとした表情を見せて 「……………、アンタ本当に覚えて無いんだな……」  と、呟く。  家村のその反応と台詞に、俺は眉根を寄せ 「何の話だ?」  と聞き返せば、奴は溜め息と共に髪をガシガシと掻き乱し 「アンタが一番最初にサブドロップした時の事、全く覚えてない?」  俺が奴の前で最初にサブドロップしたのは…… 「会食の……時……」 「そう、ンで俺の家に連れ帰った時にアンタが……」  そう言って家村は照れ隠しなのかジトッとした感じで俺を一度睨み付け 「アンタが俺に、パートナー提案したンだけど……」 「………ッ、え?」  思いもしなかった台詞に俺が固まっていると、家村は、ハァッ~と大きく一つ溜め息を吐く。いつの間にか敬語も消えている。 「まぁ……サブドロップしてて朦朧としてたし……起きてからの態度見てたら覚えてないなって確信してたけど……」 「本当に、俺から……?」  全く覚えてない自分の言動に狼狽えながら聞き返すと、家村は少しだけ唇をとがせて 「そこで嘘ついてもだろ? それに……俺はアンタが覚えて無くても嬉しかったから」 「……………」  言いながら家村の表情が柔らかくなり、俺は目が離せなくなる。  どういう意味で奴がそう言っているのか、続きが気になり何も言わない俺に家村は言葉を続けた。 「ホラ俺の家庭事情さ、前に話した事あっただろ?」  家村の家にあった二組の写真立て。そして、Dom性が遅く発現した事による周りからの反応。  俺は奴の言葉にコクリとだけ首を上下すると、そのまま奴は話し始める。 「弟妹以外俺に対しては恐怖心が強くて、血が繋がってる親父でさえもそんな感じでさ……それで親父も亡くなったら余計俺の居場所は無くなってすぐに実家を出たんだけど……」  後妻は最後まで家村に対して歩み寄ってくれようとしなかったと、以前の会話の端々に それが取って見えてはいた。 「まぁ、家族だけじゃ無くて周りにいた友達とか、そういう人全てが……俺がDomだと解った時点で皆同じ反応で、結構自分的には参ってて……」  周りがノーマルであればそれは素直な反応だが、家村にとっては最悪な環境だっただろう。 「あれだけ距離が近かった奴等全員が、ある日を堺に俺を遠巻きにしてきて……、そこから結構俺の中で割り切るまで時間がかかった……」 「……そうだろうな」  互いにダイナミクスがどういうものなのか教育されていなければ難しい問題だと思う。俺は幸いそこだけは良い意味でも、悪い意味でもこういうものだと教育されてきた。家村の場合はまっさらな状態で放り出されたようなものだ。キツかったに違い無い。 「それに、なまじ自分のDom性が強いせいで同じDomの奴と会っても相手を怯えさせてしまうしな……。ケド、社長とアンタだけは違った」  家村は言いながら俺に対して更に優しい表情を向けると 「最初から怯えもせず対等に接してくれて……、他の社員さんには怖がられないように丁寧に接してたのに、アンタに関しては当初から俺にスゲー突っかかってきてさ」  自分よりも強いDom性を持っているコイツが、裏のありそうなにこやかな笑顔で接してくるのだ。警戒して当たり前だろう。家村は言いながら当時を思い出しているのか可笑しそうに笑っている。だが 「ケド俺にはそれが本当、久し振りに普通な感じがして……気付いたらアンタの事目で追ってたんだよな」  奴の台詞に当時を当て嵌めれば、次々に点と点が線になっていく。家村の胡散臭いと思っていた笑顔の理由も、良く目が合っていた事も……。 「だからアンタがSwitchって解った時は、スゲー興奮した。もしかしたら俺のモノに出来るかもって」  柔らかく喋る家村の瞳の奥に欲を宿した雄が映り、俺の項が一瞬ゾワリと粟立つ。 「アンタがサブドロップした時、熱に浮かされたように何度も俺にどこにも行くなって……俺だけ、愛して欲しいって……」  その言葉を聞いて、途端に俺は家村の顔を見れなくなり下を向いてしまう。そんな俺を見て奴はクスリと微かに笑い 「俺だけのDomになって欲しいって言ってたから……」 「わ、解ったッ! それ以上は言わなくて良いッ!!」  恥ずかしさに居た堪れなくなった俺は、片手を奴の方へと突き出しそれ以上喋らせないようにする。全く記憶に無い事をスラスラと喋られ、まるで無意識に家村を求めていたような……………。  そうか。と、突然ストンと俺に落ちてきた納得。  俺は無意識にでも家村を求めていたのか……。  自分はDomにもSubにもなれるが、どちらかにはなれない。だから今まで決まった相手を探す事も難しく、結局は一生一人でいるのだと思っていた。だが心の奥では自分だけを愛してくれる人が欲しくて堪らなかったのだ。俺以外の人と同じように……。 「ハッ……、ハハハッ!」  俺の中ではあの時から、本能的に家村が良いと解っていたのか……。  笑い出した俺を訝しげに見詰めていた家村が、フゥ。と鼻から一息吐き出すと 「解ってくれたみたいだから、俺はそろそろ……」  腰を落としたソファーから奴が立ち上がるので、俺もすぐにソファーから尻を離して 「帰る事は、無理だと言ったはずだ」  言いながらズイッと家村に近付き咄嗟に奴の手首を掴む。 「イヤ……話して納得してくれたんだろ? だったら休んだほうが……」 「期待……しているのは、俺だけか?」   俺の台詞にゴクリと喉を鳴らす家村の目が先程よりも欲を纏うのを見て、ゾクリと甘い痺れが全身を駆け巡りクラリと目眩を覚える。奴は掴まれた手首の上から自分の手を重ねて 「体……大丈夫なんで……」 「全部、……お前に全部、奪って欲しい」  奴が言い終わらないうちに言葉を重ねた俺に、一瞬グッと奥歯を噛んだ家村はそのまま無言で重ねて置いた手に力を込めると、俺の掴んでいた手を引き離して反対に握り直しクルリと踵を返す。  どこに行くのかなんて、そんなの解かりきってる。

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