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 藤崎が恋人だった奥村浩輔(おくむらこうすけ)と出会ったのは、大学に入ってすぐのことだった。  サークル勧誘でひと際大きな声で叫んでいる男に、よそ見をしていた藤崎は盛大にぶつかった。笑えるほどベタな出会いから、押しの強い奥村に誘われサークルへと入ることになった。  それはアウトドア研究会とは名ばかりの、よもや何でも楽しもうサークルだった。夏は山ばかりでなく海へも行き、冬はスキーへも行った。もちろん楽しいことはすべてやるということで、飲み会も屋外施設での遊戯も含まれた。部屋の中以外での活動をすべてアウトドアと掲げた先輩は楽しい人達ばかりで、人見知りで少し引っ込み思案だった藤崎も、積極的な奥村には心を開いていった。  大学二年になったある日、奥村から海へ行こうと誘われた。その頃にはすでに彼を特別な目で見ていた藤崎はうれしくて二つ返事で了承した。夕暮れの湘南が美しかったのを覚えている。 「波打ち際で告白されたのか?」  奥村の話をしていた藤崎に向かって、美澄は驚いた顔を向けている。改めて言葉にされ、藤崎も思わず赤くなった。 「ええ、まあ、そうですけど。でも、あの浩輔が真っ赤になってしまって、おかしいったらなかったです」  笑ってみせれば、今のお前みたいに? と茶化すように言われてしまった。まさか奥村から告白したとは思わなかった、と言いながら美澄は手にしたチーズを口の中へと放り込む。  あれは大学を卒業した奥村がフラワーショップを開業して一年ほどした頃だった。  ――俺の隣でさ、この先ずっと一緒にいるって約束してほしい。  店が軌道に乗った頃、藤崎の大学卒業を待ちきれないように、奥村からプロポーズされた。それは人生の中でかなりの衝撃的なでき事だった。新しい父親を紹介された時よりも、大好きな母親が亡くなった時よりも、何倍も驚いた。 「入籍しようと言われたとき、うれしかったですけどやっぱり不安も多かったんですよね。自分せいで、ゲイじゃない浩輔をこっち側へ引っ張ること」 「あいつから告った時点で、そんなことは問題じゃないと思うがな。そう考えるのはお前がマイノリティであることを、あいつ以上に偏見を感じていたからじゃないのか?」  そうなんですかね、と藤崎は情けなく微笑むしかできず、あの頃の自分は今とそんなに違ったのだろうか、と考えてしまう。 「んー、まぁ結婚するしないを決めるのは当人同士とはいえ、結局のところ家同士の絡みになるのは当然だ。揉めたんだろうなぁ」 「本当のところどのくらい揉めたのか、よく知らないんです。彼は一人で解決したかったみたいで、実家にも近寄らせてくれませんでした」

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