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「あ~、あの性格だからそうだよな。でも入籍したところを見ると、家族は分かってくれたんだろ?」 「まさか。浩輔が本家から強引に離籍したんですよ。僕も一緒に説得したいと申し出たんですけど、彼は首を縦には振らなかった」  その時の事を思い出し、さすがに苦い気持ちが胸に広がった。それをごまかすように藤崎もワインを口に含んだ。アルコールに慣れていない粘膜に、それは焼け付くような熱い感覚を広げる。  ――あの人達は、自分らの事しか頭にないんだ。お前を連れて行って、無駄に傷付けたくない。  淋しく、やりきれないといった痛々しい表情の奥村を思い出す。  彼の家族との話し合いは、結局どちらも妥協点を見つけられずに決裂した。最後には奥村が強引に本家から離籍することで一応の決着をつけたものの、奥村家は納得しないままだった。  家族との繋がりを壊したと思った。けれど、自分のせいで……とは口にできなかった。それを言ってしまえば、彼が次に言う言葉が分かっていたし、そうすることで自分を慰めるような気がして嫌だったからだ。   「しかし、驚いたもんなぁ。奥村がお前を紹介してきたとき」 「そうなんですか? まぁ、僕は浩輔と美澄さんが知り合いだった方が驚きました。だって結構、歳離れてませんか?」 「なんだ? 俺がおじさんだって言いたいのかぁ?」 「違いますよ。美澄さんって大学の先輩になるけれど、在籍時は被らないし、一体どこで知り合ったんだろうって、思うじゃないですか」  藤崎はカラになった美澄のグラスにワインを注いだ。立て膝に腕を乗せた気怠げな美澄は、その時のことを思い出したのか、少し切なげな笑みを浮かべている。 「まぁ、大人には色々あるんだよ」 「こういうときだけ子供扱いは、ひどいです」  藤崎がそう言えば、美澄は「そうだな」と笑う。  けれどその彼の笑みの意味を藤崎は知っている。だから黙って、こうして飲めない酒を酌み交わすことも、美澄だから、なのだ。 「今日はやけにあいつのことを話すんだな。酔ったのか?」 「……そうかもしれないです」  こんな事を美澄に話すのは初めてだった。毎年、命日が近くになると彼の話をするのは美澄の方だった。自分の知らない奥村の話を聞くのは今だに新鮮で、新しい思い出が増えていくようでうれしかった。  だが、今日はどうしてこんな話をしようと思ったのか、一番心が痛くなるような思い出を、美澄に話してしまった。ずっと心が吐き出したかった事だったのかもしれない。

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