19 / 71

08

「――はい。自分の気持ちに素直に、従ってみました」  瞬きもしないでじっと見据えてくる瞳は純粋だ。逸らすことなく藤崎を見つめるそれに、試してみてもいいと思った。直感を信じる方じゃなかったけれど、なぜか惹かれるものを感じている。 (その場しのぎの嘘……って訳じゃなさそうだな)  藤崎は根負けしたようにため息をついて、微笑んで下を向く。 (ああ、こんなだから友人にもだまされたのか)  そう思うと、ますます目の前の男が思いつきでバイトを決めたとは思えなくなる。こんな直感で人を決めるつもりはなかったが、自分と一緒に仕事がしたい、という言葉に心を惹かれた。人が聞いたらあまりに安直な人選に笑われるかもしれないが、それでもいいと思えるくらいには、真宮は魅力的だった。 「分かったよ。じゃあ試用期間を持って、採用ってことにするけどいい?」 「は、はい! よろしくお願いします!」  不安そうだった顔が一気に花開くように綻んだ。顔色が悪い原因は詐欺にあって打ちのめされていたからだったのだろう。そして金額を聞かされて藤崎も驚いた。  ――え! 八〇〇万円!?  どのくらいの規模の会社かは分からなかったが、そんな大金をおいそれとよくも他人に預けられたものだと思う。身内間でもすぐに渡せるものではない。よほど信頼している相手だったのだろうか。だがもうそのことに関してはなにも言うまい、と藤崎は心にしまった。  給与も以前は正社員だという彼の希望にはほど遠い金額で、試用期間を二週間として雇うことになった。面接ではあんな風に言ったけれど、実際、こんな待遇で人が来るのか? と疑問を持つくらいだったのだ。 (いい子過ぎて申し訳ないな)  真宮が帰った後、藤崎は寝床の準備をして横になっていた。  ――明日からお願いできる?  藤崎がそう言うと、うれしそうに返事をした。ついでに説明しておいた方がいいと思い、一日の仕事流れを大まかに説明した。  仕入れの時は早朝六時には、もう市場へ到着していなくてはいけない。そして八時頃にセリと仲卸で購入した引落とし分を集めて回る。そのまま自分の車へ商品を積み込み店へ戻って開店準備だ。オープンは九時半なのでそれまでにできるだけ花の手入れや水替え、水やりをしていく。  とにかくほとんど一日花の世話に追われることになる。人気のある花はすぐに売れるので花桶が空くと、一つの桶に一緒にする。値札の付け替えやポップの作成、花の補充など細かい作業もたくさんある。すぐに使えるようにアレンジ用の飾りの準備や宅急便で出す花や予約分の花の確認、準備。その間はずっと営業中なので接客もする。配達がないだけ楽かもしれないが、売り上げ的には配達で稼げない分を賄えるほど稼がないといけない。  そうやって花屋の一日は終わっていく。藤崎が話し始めると、真宮はすぐにノートを取り出した。本当に真面目で、さっきはあんな風に意地悪な言い方をしたのに、全く気にもしないで一生懸命だった。 (うまくやっていけるといいけど)  ウトウトしながら明日のことを考えていると、その意識はすぐになくなってしまった。

ともだちにシェアしよう!