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02
「華道の、家元って……。履歴書にはなかったよね」
レジの前で一人になった藤崎は深いため息を漏らした。花屋での仕事経験があるとは言っていたが、短期間でそんなにやっていなかった割りには色々と詳しかった。専門的なことを知らないのは当たり前だったが、花の扱い方は慣れていた。何よりもその向き合う姿勢は素人じゃないのでは、と思ったほどだ。それからピンと張った背筋はいつも凜としていて、剣道、弓道などの経験者を思わせた。
「そうか。着物を着るから、か」
何となく腑に落ちた事でどっと疲れが出た。
――お願いします。あの子はうちの家を継ぐことになっているんです。だから、どうか説得しては頂けないでしょうか?
必死に頭を下げられ、分かりましたと返事する以外に言葉は見つからなかった。子供のために、ああして頭を下げてくれる人がいるのは幸せな事だ。けれど藤崎の胸の奥で、本当にそれでいいのか、と気持ちが揺れた。
「真宮くんが辞める……。でも――」
奥村と同じような状況の真宮のことを好きになってしまった藤崎は、何の因果か、と苦虫を噛んだような顔になった。どうしたらいいのか分からずにボンヤリと考えていると、軽快なバイクの音が店の横で止まった。そして少しして真宮が店の入り口から入ってくる。
「戻りましたっ」
三輪バイクを購入してからというもの、配達件数が徐々に伸びている。それを精力的にこなしてくれるのは真宮で、彼がいなくなったらまた元に戻ってしまうだろう。
「藤崎さん?」
「あ、ああ。おかえり」
動揺を隠すように手元にあったノートを開く。配達先の住所と名前時間帯が書き込まれていて、終わったところをチェックした。
「何かありましたか?」
「え、別に、なにもないよ」
真宮の顔を見ることができずに、妙に不自然に顔を背けてしまった。いつもと違う態度に少し不思議そうな顔をした真宮は、店先で客の姿を見つけて接客へと向かっていく。その後ろ姿を見ながら、すでに自分が真宮なしではダメなのだと知った。
奥村に似ていることで興味を持ったのは、単なるきっかけに過ぎない。今はもう違う。彼の人となりを知ってしまった。どんなときに笑うか、花に声をかけるときの声がどんなにやさしいか、知ってしまった。それを失いたくないと思っている。
「ねえ、どうすればいいのかな、僕は」
レジ前に置いてあるシオンの花に呟いた。けれどそれはなにも言わずに、ただ小さな花をユラユラと揺らすだけだった。
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