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「ああ。えっと……言いにくいんだけど、その……僕は女性を好きになれない、人だから。そんな相手は、誰もいないよ」  動かしていた手を止めた。誤魔化してもいいと思ったが、嘘を吐くのは嫌だった。後ろめたい気持ちになるのも、自分を騙すのもしたくなかった。もしもこれで真宮が嫌悪を抱き、バイトを辞めてしまってもそれまでだ。引き留める権利はない。むしろそれなら、彼の母親の事を話さなくてもいいのだ。  そんな風に思いながらも、藤崎は緊張していた。思った以上に長く感じる沈黙に、弁解の言葉を口にしてしまいそうになった時だった。 「そうなんですか。そう、なんですね」  彼の声はどこか安堵したような感じがする。怖々見上げると、真宮は笑っていた。その意味を聞きたくて口を開いたが、なんと聞いていいか分からず飲み込んだ。 「……そういうの、嫌じゃない? 気持ち悪い、とか。そういう……」 「ないですよ! 何言ってるんですかっ!」 「えっ、び、びっくりした……」  勢いづいて迫るように真宮が近づいてくるので、藤崎は仰け反って一歩下がった。 「あ、すみません。なんか大きな声だしてしまいました。平気です。俺は藤崎さんが男性を好きでも平気です」 「よかった。偏見のない人で。美澄さん以外に言ったのは、真宮くんが初めてだよ」 「やっぱり、美澄さんは知ってるんですね」 「え、ああ。うん、まぁ、そうだね」  綻んでいた顔が急に険しくなった。思えば、藤崎が美澄の話をした時はあまりいい顔をしない。美澄が冗談半分でからかったのかもしれないと思うと、自然とため息が出てくる。 「悪いね。変なこと言っちゃって」 「いえ。なんか俺も無神経な事聞いたし、大声だして――すみません。でもそういうので人を判断しませんから、俺」 「うん。ありがとう」 「俺、藤崎さんの力になれるなら、それでいいんです。だから、何でも言ってください。仕事のことも、それ以外のことも。年下だからって、思わないで欲しいんです」 「真宮くん……」  見下ろす彼の目は真剣だった。真っ直ぐに向けられる気持ちが痛くなる。きっと藤崎が説得をすれば、彼はこの店を辞めてしまうだろう。けれど辞めないで欲しい、そう思っているのは店のためだけじゃなく、藤崎自身の気持ちだった。 「どうかしましたか?」 「あ、ううん。何でもない。ありがとう。うれしい」  顔を見ることができなくて、下を向いたままの藤崎は止まっていた手を動かし始めた。しばらくこちらを見ているようだったが、すぐに彼も作業に戻った。

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