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「えっと、目が覚めたら欲しがるものって言ってましたけど。外は雪が降り始めていたのに、車出して行ってしまったみたいです」  ザワッと胸の中が騒がしくなり、昔の記憶が一気に戻ってくる。  入籍してから一年ほど経った頃の事だ。流行始めたインフルエンザにかかり寝込んでいた藤崎は、奥村に看護されていた。  ――俺は予防接種してるから大丈夫だ。それより、なにか欲しいものないか? こんな時くらいだぞ? いいわけしないでプリンが食べられるのは。  子供のような笑顔で奥村が言った。好物のプリンを食べるときは、どうしても気恥ずかしいから何かと理由をつける藤崎を、彼はよくからかった。本気で馬鹿にしているわけではなかったけれど、それでもやっぱり子供みたいで少し照れくさくて、ついつい取り繕うような事を言ってしまう。  ――じゃあ、プリン食べたい。三連のやつ。  顔を真っ赤にして布団を目元まで被った藤崎が言えば、奥村はうれしそうに笑った。かわいいやつだなと頭を撫でてくれた。そして額にキスをしてから、いってくると出て行った。いつもと同じで、なにも変わらない彼の笑顔を見送った。  熱が高いせいで藤崎の意識は簡単に遠のいた。途中で起きないように携帯をマナーモードにしていたため、それが何度も着信していたことには気付かなかった。  ――藤崎!  藤崎を起こしたのは美澄だった。どうしたのだろうと不思議に思っていれば、彼の口から信じられない言葉が飛び出した。  ――浩輔が、亡くなった。  チラチラと雪が降り始めた寒い午後だった。車で出かけた奥村は、飛び出してきた子供を避けるようにハンドルを切り、右に逸れた車体は対向してきたトラックと正面衝突した。即死だった。  遺体との対面が叶えられないほどの損傷。藤崎は熱の引かない体で病院へ行く、と叫んだが、美澄に全力で止められた。  ――浩輔の遺体は、家族が引き取ったそうだ。  目の前が真っ暗になった。家族と呼べる人間はもう自分だけだと思っていたのに、そうじゃなかった。奥村の両親が彼を連れ去ってしまったのだ。彼は藤崎の前でもう笑うことはないのに、最後の最後も見ることができない。誰かに違うと言って欲しかった。全部夢で、熱のせいだと早く言って欲しかった。  ――嘘……そんなの、嘘だ!  暴れて美澄を引っ掻くほど取り乱し、そして力尽きて倒れた。彼の遺体とも対面できないままで、藤崎の中では中途半端に面影だけが焼き付けられた。  奥村家の葬儀にさえ参列を許してもらえず、広い敷地の奥村家の葬儀会場から、少し離れたところで藤崎は立ち尽くした。

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