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 あの日、曇天は今にも泣き出しそうに寒々しく広がっていた。彼の最後を見送ることも、本当に死んでしまったのか、この目で確認することさえできなかった。自分は彼にとって家族だったはずなのに。  頭の中で奥村の最期の声が響く。彼と最後に会話をした内容が鮮明に蘇っていた。  嫌な予感は全身を恐怖と共に埋め尽くす。ピリピリと乾燥した喉が痛くて、緊張を解すために嚥下してもそれは消えてくれなかった。 「そう、そうなんだ……」 「あの、藤崎さんの携帯、着信してます」  枕元に置かれた端末を真宮に手渡され着信を見る。手にした携帯には知らない番号が表示されていた。ドクンと大きくなる鼓動と不安が藤崎を包む。しかし戸惑いながらも、震える指で着信ボタンをタップした。 「……はい」  あるはずがない、こんな事が人生で何度も起ってたまるか、と藤崎は思った。 『藤崎さんの携帯でしょうか――』  聞こえてきたのはどこか張り詰めたような女性の尖った声だ。多分、電話の向こうで言ってることは夢なんだろうな、とそんな感覚に包まれる。日本語が日本語に聞こえないで、まるで外国語のようだった。 「あの……言ってることが、ちょっと、聞き取れなくて……。あの、もう、もう一度……」  端末を持つ手が震え、携帯はスルリと手から落ちた。唇が震え、それを隠すために藤崎は両手で口を押さえると、ギュッと目を閉じた。今にも泣き出しそうなのを我慢しながら、胃の奥から上がってくる苦しい塊を必死に押し留める。閉じた目尻からは涙が滲み、一筋の道を作った。  藤崎の様子を心配した真宮は、電話が何だったのか、何があったのかと聞いてくる。けれど何も応えられないでいた。  自分のわがままのせいで奥村を殺してしまった。あんなことを言わなければ事故に遭うことはなかった。何度も懺悔するように自分を責めた。いっそ自分も奥村の所へ行こうか、そんなことも考えていた。  神様はどれほどの悲しみを与えれば気が済むのだろうか。どれほど大切な人を奪えば、納得するのだろうか。これ以上何も失いたくなどないのに――。  重い体を起こすと全身の関節がギシギシと軋み、それでも藤崎は布団から這い出た。 「ちょっと、藤崎さん! どうしたんです!? どこ行くんですかっ!」  焦った真宮が慌てて肩を掴んでくる。立ち上がろうとした藤崎を押さえながら、真宮は正面へ回ってきた。様子がおかしいことに気が付いたのか、心配そうな顔が見える。 「美澄、さんが、事故に……び、病院からで、すぐに来て欲しい、って、で、電話が――」  真宮をかわし押し入れを開け着替えを出そうとするが、目の前がぼやけて何も見えていない。目の周りが熱くて今にも融けてしまいそうで、浅くなる呼吸と、混乱で訳が分からなくなっていた。

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