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「まあ、こういうのは慣れだから。でも、うれしいよ。ありがとう」
藤崎はそう言いながらガーベラの花に顔を近づけた。花屋の藤崎に花を贈る人は今までいなかったし、素直にうれしかった。どんなものでもきっと、真宮からもらえたことがうれしかったのだ。
「う、うれし……」
そう思うと花を手にしたまま藤崎は目に涙が溜ってくる。きっと売れ残りの花が欲しいと言ったのは、これを練習するためだったのだ。聞かなくてもそれは分かった。
「ふ、藤崎さん。泣いてますか?」
「な、泣いてないよ」
恥ずかしくなって背中を向けると、真宮の両手が肩に置かれた。
「今日、返事を聞かせてくれませんか? どんなものでもいいです。イエスでもノーでも、分からないでも、いいですから……」
本当はイエスが聞きたいですけど、と言いながら、真宮の手は藤崎を抱きしめたいのを我慢しているのか、ゆっくりと撫でるように上腕へと降りてきた。ここは店なのに、と思いつつも、そうされたい、と願っている自分もいた。けれど期待とは裏腹に、彼の両手は離れていった。
「さ、俺は夕方分の配達準備しますね」
どこか焦ったように背中を向けている真宮は、顔を見なくても照れているのが分かる。片手にリストを持ち、注文配達の花を選別していた。
「お昼ご飯、どうするのさ」
小さな声で呟き、手の中のブーケを握る。不格好でも心のこもったそれは、真宮の気持ちそのものだと思った。そんな想いに対して、酷いことを言わなければいけないのが辛い。こんな気持ちになるのなら、こんな頼み事など受けなければ良かった。そう思ってもう遅い。今さら悔やまれるが、あの時の母親の必死な顔を思い出せば追い返すことなんてできなかった。
花をまとめた真宮は、昼食も取らずに配達へと行ってしまった。どこかで適当に食べるのだろうか。慌てて出て行った彼に少しおかしくなりながら、藤崎はもう一度花の香りを吸い込んで、シオンの鉢の隣へとそれを置いた。
忙しかった一日はようやく終わり、店は閉店の作業に追われる。体を動かしながらも藤崎の気持ちは晴れなかった。軽快なバイクのエンジン音が聞こえ、それは店の横で止まった。店内はほとんど片付いていて、シャッターは半分まで下げている。
「ただいま戻りました」
そのシャッターを潜って真宮が中へ入ってきた。片手にはヘルメットを持ち、もう片方には四角い箱を持っていた。
「おかえり。ん、それどうしたの?」
「最後の一個だったので、思わず買って来ました。クリスマス、ですから」
ニッコリと微笑んだ真宮は、カウンターの上へとそれを置いた。手伝います、と閉店作業を二人でやっつける。気が重い気持ちを顔に出さずに、藤崎は笑うしかなかった。
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