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1-7 ロックじゃなくても。
野菜を洗う濡れた手首がすき。
綺麗に切り揃えられた爪もすき。
戸棚を開けるため背伸びする足首も、
美容師の実験台にされた髪の毛も、
角度のある眉も長い下まつげも。
それはどれも“愛”で“好き”で“ラブ”だけど
そんな簡単な二文字よりも、もっとなにか。
「…気が散るんですけど」
悪態をつきながら指の水滴を飛ばされ、
左は顔に直撃した雫を拭いつつへらへらと笑った。
僕が書くのは、多分こういう、
愛愛好き好き大好きラブユーの中身なのだろう。
「どうした?なんかキモいぞ。いつもだけど」
「ひっどーい!いいじゃん減るもんじゃないしィ」
口を尖らせて抗議すると右は微妙な笑顔を浮かべる。
「いいもーんじゃあ僕は1人寂しくこもってます。サヨウナラ!」
彼に背を向けて部屋へと歩き出した。
右は多分追いかけてきてはくれないだろうが、いつも以上に左はご機嫌だった。
呆れたようなため息が背中にぶつかる。
「左」
呼び止められ、左はすかさず振り返った。
カウンターから身を乗り出すようにして、
来い来いと手を振られ左はのこのこと近付いた。
キスでもしてくれるのかとわくわくして顔を近付けると
口に何かを突っ込まれ思わず飛びのいた。
「っあまぁぁ!飴!?」
一瞬何をされたかわからなかったが、棒突きキャンディを突っ込まれたらしい。
がっかりしながらも飴を舌の上で転がしながらも恨めしやと睨んでやった。
「拗ねんなって」
「こんな子ども騙しで僕の機嫌が直ると思ったら大間違いだかんね!?」
「腹減ってイライラしてんだろー?まぁ待っとけって」
こういうちょっと空気読めないところも好き。
何故かきゅんときてしまいながらも左は部屋に引っ込んだ。
口の中が甘い。甘く満たされている。
こんな気分を歌に出来たらなぁ。
そううまくはいかないのかもしれないけど、
試行錯誤したくなって左はまたギターに手を伸ばした。
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