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1-8 彼の円滑な人生
12歳の時衝撃を受けたロックバンドは
既に27クラブの仲間入りを果たしていた。
現代に不満があるわけではないが人はないものを求めてしまうもので、
故に決して行くことができない過去というのは
なんと輝かしくて美しいのだろうか、と夢中になったものである。
その時代に生まれればきっとその時代なりの不満があるのだろうけど、
既に決して手に入らないとわかればそれはまるで楽園か桃源郷なのかという程に恋い焦がれて、
追いつきたくて追いつきたくて隙あらば楽器を触っていた。
ロックンロールをやっていれば未来の事なんか考えなくてもいいだなんて厨二病的な考えに見舞われて
ほとんど音楽というものにだけ惜しみない努力を注ぎ後はのらりくらりとやってきた。
今では随分とロックとはかけ離れてしまったが、
あの日々があった故に今の生活があるのかもしれない。
ろくすっぽ恋と性欲の違いを考えもせず暮らしてきて、20歳で出会った運命の相手に苦労をした。
相手は男で、しかもそういう恋愛的なものを一切受け付けないスタンスだったからだ。
最初は自分でもなんで男なんかと思っていた。
女と見紛うほどの美人という訳でもない、抱かれたいほどイケメンな訳でもない。
楽器が弾けるわけでもなく、趣味もすごく合ったという訳でもないし、
彼は至って普通の青年だった。
右とは学部もサークルも違ったが大学の食堂でたまたま相席になって仲良くなり、
それから度々顔をあわせる程度だった。
ある日、左は別に好きでもない女に音楽を笑われ
ヤケになって大学のゴミ焼却炉の前で自作の「オールウェイズ俺」を熱唱。
うるせーぞボケと二階から教授にゴミ箱をひっくり返された時に
右は足を止めて、最後まで聞いてくれた。
今思えば愚痴のようなくだらないもので、ロックでもなんでもなかったと思う。
誰もが呆れて左を置いて帰った後でも彼だけは残っていて
「よくわかんねえけど、お前は格好いいと思う」
右はそう言って、散らばったゴミを一緒にかき集めてくれた。
その瞬間左は自分がまだまだ何もわかっていないガキだという事を悟らされた。
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