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1-13 一方で。
呼吸が上手くできなくて、胸や背中にじわじわとした痛痒い薄気味悪い感覚が湧き始める。
「そうですね…色々と検討してみます…」
右は過剰に頷いた。
大体話を聞いて欲しいだけなのだ。
同意しておけば難なく終わる。早く終わってくれ。
机の下で震える両手を握りしめながら祈った。
「ああ、本当に先生に相談してよかった」
女はどこかほっとしたように大袈裟に胸に手を当てている。
彼女は受け持ちの生徒の保護者であるが、
何か気がかりなことがあるのかないのか最近やたらと"相談"にくる。
来られた以上は話を聞かなければならない。
地雷を踏まないように神経も尖らせねばならない上に、自分の身体の状態異常も悟らせないようにせねば。
「ねーママぁ終わったぁ?」
急に教室のドアが開き、男子生徒が入ってくる。
「もうゆーくんたら、ママ先生とお話ししてるでしょう?」
彼女はそう言いながらも立ち上がり、こちらへ走ってくる生徒を受け止めて頭を撫でた。
「お腹空いたぁー」
待ちくたびれたのかそう言って駄々をこねる姿に、
右は正直助かったと思いながらも立ち上がった。
「すみません、先生…」
「いえいえ。また何かあればいつでも」
心にも無いことを言いながらも、その男子生徒に笑顔を向けた。
「宿題忘れるんじゃないぞ?」
「はーい」
男子生徒は口を尖らせながらも、
母親と連れ立って教室を出て行く。
「じゃあ先生、よろしくお願いしますね」
「ええ…」
2人を教室の入り口まで送って行った。
やっと解放されるという安堵感に包まれながら、右は腰を折って男子生徒と目線を合わせた。
「また明日な、さようなら」
「うん!さようなら!」
親子はようやく去っていき、右はどっと疲れを感じて
その背中が見えなくなったと同時に教室に引っ込むと、机に両手をついて項垂れた。
「やばい…死ぬかと思った…」
思わず呟いてしまい、教室に残った吐き気を催す香りに耐えかね
気を失う前にと窓に駆け寄って全開にした。
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