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1-35 深淵と瓦解
深淵に、片足が落ちかけていた。
右は全身から嫌な汗が噴き出して、
喉の奥から変な呼吸音がするのを感じていた。
すぐ両隣に甘ったるい匂いを放つ存在に囲まれていて
逃げ出せない状況が拷問のように続いている。
「そんな緊張すんなって、顔真っ青でウケんだけど」
目の前でケラケラ笑っている男を呆然と見上げる。
革張りのソファに身を沈め、酷く不釣り合いなシャンパングラスを持ったその高校生のような姿。
傍には酷く谷間を露出した煌びやかなドレスの女性。
そしてその後ろに控える屈強な男達。
シャンデリアがぶら下がったその薄暗い部屋は自分達だけで
ガラスの壁の向こうにはもっと広い空間が広がっていたが
人の姿は無かった。
「っ…お、俺に何の用…?」
「はは、震えちゃってかーわい
言ったじゃん、ちょっとお話したいだけだよ?
ミニ、同窓会的な?」
そう言いながらその小柄な男はシャンパングラスに口をつける。
仕事帰りに、同じ大学にいた戸賀という男に遭遇した右は
屈強な男達に囲まれて大人しく連行されて来てしまったのだった。
彼は元々左のバンド仲間で、
当時からあまり自分はよく思われていない印象だった。
いつも睨まれていたし、何度か喧嘩を吹っかけられていたこともあったのだが
卒業以来会ってもいないし連絡先なんか知る由も無かったのだが
まさかこんな事になるとは想像もしなかった。
しかし何よりも、傍にいる女性達の方が右は恐ろしかった。
よりにもよって所謂キャバクラ的な所に連れてこられ、
そのやたらと露出の高い女性達に動悸が止まらないのだ。
「何か飲まれませんか?」
女性に顔を覗き込まれ、びく、と身体が強張ってしまう。
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