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1-36 深淵と瓦解

「い…いや、俺は…」 「遠慮すんなって。俺の奢りだからさ」 戸賀はそう言って隣に座る女性にシャンパンを注がせていた。 そういう問題では無かったのだが、促されるままグラスを握らされてしまう。 「要件だけさっさと言ってくんない…?」 右はそれに口をつけられず、目の前の男を睨んだ。 金を貸せとでもいうのだろうか。 もっと悪いことかも? 背後に控える男たちは明らかに一般人では無さそうだし、 この店だってどうやらその息がかかっているらしい。 他の客も見当たらないし。 「なんだよ。折角なんだからもっと楽しもうぜ? こういう店なかなか来れねえだろ?」 戸賀はそう言いながら隣に座る女性を抱き寄せて、その薄ペラなドレスの中に手を入れ始める。 女性は、甘い声を出して彼に擦り寄っていて その姿を見るだけで吐き気が込み上げてくる。 「…っ…」 右は目を逸らしながら、視界がぐらぐら揺れるのを感じた。 「アッハハ!女嫌いってマジなんだ?」 彼の言葉に思わず目を見開く。 そのことを知っている人間は殆どいないはずだった。 右は何も言えずグラスを両手で握り締め続けた。 「お前女に吐かれたんだろ?まじでウケる そんなことされちゃ嫌いにもなるよなぁ…?」 どくどく、と心臓が煩いくらい高鳴っていた。 何も説明できないくらい頭が真っ白で、 極度の緊張も相まって震えることしかできなかった。

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