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1-37 深淵と瓦解

「で?女がダメだから男ってワケ?」 「は……?」 「とぼけんなよ、お前のセーヘキは知んねえけどさ 左から何もかも奪っておいて、満足か?」 右は怖々と顔を上げ、目の前の男を見た。 何を言ってるんだろう、こいつは。 戸賀は冷たい瞳でこちらを睨んでいる。 「あいつはな、天才なんだよ、俺達にはない才能があるんだ アイドルの歌を作ったり…素人女の後ろでギター弾いてるような奴じゃない…」 天才、才能。 昨日左が零していた言葉だった。 右は真っ白になりかけている頭で必死に考えて、変な呼吸をし始める喉を無理矢理開いた。 「…お前か…?」 「あ…?」 「あいつの、こと、何も知らないで…好き勝手言ってんじゃねーよ…」 左の音楽的活動についてなんて、ほとんど知らない。 彼のプロデュースしたグループのライブなんて行ったこともない。 だけど、 目の下にクマを作りながら一晩中ギターを弾いていたり、 時に憤慨して頭を掻きむしっていたり、 テレビで歌うアイドルを見ながら誇らしげにしていたり、 あんなに大号泣して、必死だ、と訴えている姿は きっと誰より近くで見させてもらっているはずだった。 右は手に持っていたグラスをそっとテーブルの上に置きふらふらと立ち上がった。 「あいつがどんなに必死に、毎日音楽と向き合ってるか…! 知りもしないで勝手なこと言うなよ…!」 いつだって真っ直ぐに、彼は自分に忠実にいるはずだった。 「…あいつの作ったもんは、誰が何と言おうと誰が歌おうと 命かけて折嶋左が生み出したもんなんだよ…ッ!」 右は戸賀に向かって叫び散らした。

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