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1-38 深淵と瓦解
戸賀は女を押し退けるように立ち上がり、
テーブル越しに右の胸ぐらを掴んでくる。
「偉そうに言うじゃん。
でもな…何と言おうがあいつは変わったよ。
今のあいつは、俺が好きで、憧れて、追いかけてた左じゃない」
何の話なんだ?、右は眉根を寄せた。
「わかってる…
そんなこと分かってる…あいつが何作ってもすげーことくらい…ッ
わかってんだよ…ッ!!!」
戸賀は急に叫んで、右の身体を突き飛ばした。
右はよろけてソファに崩れ落ち、きゃ、と言いながら逃げ遅れた女性に身体がぶつかった。
顔をあげるとすぐ近くに女の顔があり、どく、と心臓が凍り付いたように硬直するような感覚を覚える。
まずい、と右は瞬間的に悟って身体を起こそうとすると
こちらへやってきた戸賀に頭を掴まれ、無理矢理そちらを向かされた。
「…、俺はな悔しいんだ…ずっと後悔してる…
なんであの時、あいつの手を離したのか…
あの時ちゃんと掴んでれば…お前に…お前なんかに奪われることなかったのに…」
戸賀は再び右の胸ぐらを掴んで顔を近付けてくる。
ソファの上に変な体勢で横たわった身体の上に馬乗りになられ、いよいよと身動きが取れなくなってしまった。
「洗剤の香り…」
彼はぼそりと呟き、振り下ろした拳が頬に衝撃を走らせた。
「…ッ!」
鈍い痛みが走り、口の中に鉄の味が滲む。
女性の悲鳴が聞こえ、痛みと吐き気にぐらぐらと脳を揺さぶられる感覚がした。
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